月日は流れ、進藤家で暮らしているエマは断片的にではあるが記憶を取り戻していた。それでも二十歳をとおに過ぎている自覚がいまいち持てていない様子で、まだまだ幼さが残ったままの状態だ。しかし進藤家にとってはある意味好都合だった。他の家族が仕事を持っていてなかなか家事に手が回らない分、エマは記憶喪失になる前から家事をしていたこともあっててきぱきとこなし、今では留守を任されるまでの信頼を勝ち取っている。


「エマが居てくれて助かるわ」


 職場では重役を務めている晴子はすっかりエマに頼り切っている。政雄も孫にあたるエマにデレデレで、自身の趣味に付き合わせるのが楽しくて仕方がないらしい。


「甘やかしてんだかこき使ってんだか……」


 職場で異動を希望して九州から実家に戻ってきている頼子はそんな両親に呆れ顔だが、家事仕事が苦手で内心ではエマに頼っていた。それでも思うところはあるようで、このままで良いものかと気には掛けているという感じだ。

 蕪木もその点は気になっているところではあるのだが、エマ自身が何の不満も無く今の生活を楽しんでいるので特に口を挟まないようにしている。甥っ子が元気で明るくいてくれるのが一番良い、現時点ではそう考えていた。

 エマ自身は今のこの生活に十分満足していた。週に三度病院に通い、瀬戸山と色々な話をしたり時には蕪木の居る緩和ケアでボランティア活動をしている。入院当時リハビリトレーナーとして世話になった杉浦や、今は彼の部下として働いている久慈と会うのも楽しみの一つだった。外部からの助言に釣られてアルバイトもしてみたりした。しかし慌ただしい空間に居ることで潜在意識に余計な刺激を与えてしまうのか、度々頭痛を起こし短期間で辞めざるを得なくなってしまった。


「無理はさせない方がいい、まずは外出に慣れよう」


 瀬戸山の助言で近所の散歩から始め、知人から犬を譲り受けた。サクラという名のメスの豆柴で、自然と家にいるエマが世話をするようになる。最初のうちは交代で付き添いながらの散歩から、今では近所の人たちにも慣れて一人で行けるようになった。

 それから“たこちゃん”こと生方、“とむ”こと神林との交流を再開させた。二人とも遠方で生活しているが、成人式に合わせて四人で集まり、桂が働いているレストランで食事を摂った。小学校時代の恩師植山先生とも年賀状での交流を続けている。

 そんなある日のこと、エマは緩和ケアのボランティア活動で病院にやって来ていた。そこで一つの出会いがあり、彼の生活がほんの少し変わっていった。

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