誰からだろう?


 頼子はベッドから離れてエマのケータイを覗きに行く。画面にはケータイ番号と“とむ”という名前……頼子には聞き憶えが無かったが、名前が出ているということは少なくともこのケータイへ電話帳登録はされているはずだ。


 このままスルーしようか……


 彼女はなかなかケータイを手に取ろうとしない。本当に親しくしている友達だったらエマの近況を伝えておいた方がいいのではないのか? 他人のケータイに勝手に出るのは気が引けたが、これが元で本人の知らないところで友達を失わせる訳にはいかないと意を決して通話ボタンを押した。


「沖野エマのケータイです」


 予想していた声と違うと思ったのだろう、相手からの反応は無い。ひょっとしたら怪しまれて切ってしまうかもと思っていると、電話越しにあの……と高校生くらいの男の子の声が聞こえてきた。


『神林人夢トムと申します。エマ君は?』


「叔母の進藤頼子と申します。エマは今入院しているんです」


『えっ? 入院?』


 通話の相手である神林人夢と言う名の青年は、先程の低めの声が裏返る程に驚きの声を上げる。


「えぇ、病気ではなく事故ですので怪我の方は数ヶ月から一年ほどで治ると思うのですが」


 どこまで話せばいいのだろうか? 頼子はそこで一旦口を閉ざす。記憶喪失までは話しておいた方が良いわよね? 高校生であれば今頃夏休みだ、さほど離れていない地域の子であれば“見舞いに行く”とも言いかねない。となればエマの記憶が戻っていないことを知ったら余計なショックを与えてしまう……。


「実はその事故の後遺症……だと思うのですが、エマの記憶が五歳の頃までしか残っていないんです」


 頼子は神林に事実を伝える選択をした。


『記憶喪失……五歳までですか、僕のことは確実に憶えていないと思います。僕自身エマと親しくなったのは小五のクラス替えの時です、出席順が前後だったのがきっかけで』


 相手は諦めたような口振りで言った。


「そうですか……あの、神林さん」


『はい』


「エマに、何か用事があったのでは……?」


 頼子は念のために神林がエマに連絡をしてきた理由を訊ねてみる。


『いえ、この夏休みは連絡が無いなと思っただけです。特に用事があったわけではありませんのでお気になさらないでください』


「分かりました……ごめんなさいね、事実とは言え突然このようなことを伝えてしまって」


『いえ、誤魔化されるよりはよっぽど良いです。長崎からですが、エマの回復をお祈りします』


「ありがとうございます」


 頼子は礼を言って通話を切ろうとしたが、神林は何かを思い付いたようであのっ、と言ってきた。頼子は慌ててケータイを耳に当て直し、はいと返事をする。


『もしもエマが僕のことを思い出してくれたら教えて頂けませんか?』


「分かりました、その時はすぐにお伝えします」


 その言葉に納得したのか神林は宜しくお願いします、と言って通話を切った。頼子はケータイを元の場所に置き、このことをエマにどうやって伝えようかと考えを巡らせていた。

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