む
“たこちゃん”を新たに思い出したエマだったが、彼の本名や人となりは覚えていなかった。ニックネームを思い出すくらいなのでそれなりに親しかったと思われるのだが、ここで無理強いをして混乱させる訳にもいかずひとまず脇に置いておく。しばらくそのまま“記録”を辿る作業をしていたのだが、まだまだ明るい時間にも関わらずエマは眠そうにし始めた。
こうしてると本当に幼稚園児みたいだな……産まれた頃からエマと接してきて成長振りもそれなりに見てきている。当然十二年前のあどけない姿も知っている訳で、その当時をふっと思い出されてそっと頭を撫でた。
「眠いか?」
「うん」
エマは眠そうに目をこする。蕪木は広げていたアルバムを仕舞い、少し休もうと言葉を掛けた。エマはそのまま布団に潜ってあっという間に夢の世界に入る。蕪木は甥っ子の寝顔を見つめているうちに自身も眠気に襲われ、いつの間にかうたた寝してしまっていた。
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「……せいくん?」
ん……蕪木は聞き慣れた女性の声に気付いて目を覚ます。
「……頼子?」
「珍しいわね、うたた寝なんて。一階の待合室に人を待たせているの、あなたに用があるみたいよ」
俺に? 彼はここの勤務医ではあるが、わざわざ訪ねて来られるほどの知り合いはいないはずだ。何となく背後にあるバッグが気になって手を突っ込み、ケータイを探し当てて画面を見ると着信履歴が残っていた。
「名前、聞いてるか?」
「えぇ、久慈佑介さんって方。エマの幼馴染なんですってね」
「あぁ。着信に気付かなかったよ、下に行ってくる」
「行ってらっしゃい、しばらくはここに居るから」
蕪木はケータイを持って立ち上がる。彼が来ているのなら“たこちゃん”のことを訊ねてみよう。なるべく急いで一階待合室にも降りると、久慈佑介が待ちくたびれたとばかり疲れた表情を見せていた。
「申し訳無い、少し眠ってしまった」
「それで通話出んかったんか……エマは?」
「寝てるよ。今日は一つ思い出せたから疲れたんだろう」
蕪木は久慈を連れて外に出る。久慈はこの一年で百八十センチ近い蕪木の身長を僅かに抜いていた。顔立ちも少し大人びており、思春期男子の成長著しさは目を見張るものがある。
「ここまで来ると会いたなるな」
久慈は名残惜しそに後ろを振り返る。少々残酷な気もしたが、蕪木はわざと気付かぬ振りをして歩調を早めると久慈も背後から意識を外して難なく後ろを付いて来る。
「そない早う歩かんでも。どこ向かってるんや?」
その言葉に蕪木は足を停め、病院からほど近い一軒のカフェを指差した。
「そこのカフェに入らないか? 聞きたいことがあるんだ」
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