「……」


 これは相当混乱させてる……沖野家で起こった色んな事の始末に追われ、エマの知人への連絡を怠ったツケとしか言いようがない。せめてエマの入院くらいは先に知らせておくべきだった、今更後悔しても後の祭りだが。


『ちゃんと説明してや一聖さん、エマに何があったんや?』


 久慈は基本的に冷静な男だ。本来ならもっと取り乱したいだろうし内心は恐らく混乱しているだろう。それでも一生懸命気持ちを鎮めて話を聞こうとしているのはケータイ越しでも分かるくらいで、蕪木はなるべく端的かつ分かり易く答えようと言葉を選ぶ。


「先月上旬にエマの両親が亡くなった。そのショックでだと思うが、葬儀の直後に事故を起こして入院している。今はリハビリで歩行までは可能になった。体の方はあと何ヶ月かで完治するだろうが、二次被害と言うか後遺症と言うか……五歳までの記憶しか残っていないんだ」


『ってことは幼稚化しとるんか? 俺のこと憶えてないんか?』


「君のことは憶えていた、今は引っ越して関西に居る事も憶えている」


『それやったら問題無いやないか、なのに何で?』


 泣いている訳ではなさそうだが、久慈は言葉を詰まらせて黙り込んでしまう。


「エマがいつ頃の君を憶えているかが把握出来ていないんだ。今は心療内科医を交えて分かる限りの“記録”を年を追って伝えているところなんだ」


『……』


「その作業も小学生時代に入って一気に難航している、“記録”が“記憶”を追い抜いている状態だから本人にとっても腑に落ちてこないらしくてな」


『それで『金輪際連絡寄越してくれるな』なんか?』


 久慈は一方的だった言葉の経緯に取り敢えず理解はしたようだ。勿論納得はしていないだろう、それは納得してもらえるようきちんと説明するのが一定の責務であるはずだ。蕪木は一つ間を置き、そう言うことだと思うと答えた。


「君からの着信を取ったのは多分私の従妹だ。“記憶”を伝える為に年を追う必要性があったから、言葉は悪いが横槍による混乱を避ける為だったと思う。葬儀やら見舞いやらで忙しくしていたとは言え、君への連絡を怠ったのは事実だ。本当に申し訳無い」


 蕪木は電話越しの久慈に謝罪する。久慈は暫く無言でいたが、一つ大きく息を吐いてからゆっくりと言葉を紡ぎ出した。


『一聖さんの事情は一応理解できたわ。エマの状態と親御さんの葬儀の事とかで忙しかったんやから連絡してる暇なんか無かった思う。けど知らん女から一方的に拒絶される言葉掛けられたんはショックやった、だから今年は会わんことにする』


 久慈は寂しさを混じえた声でそう言った。蕪木は彼が一定の理解を示してくれたことには安堵したものの、一歩間違えればエマの親友を失う事態を作ってしまったことに自身の怠慢と無力さを痛感させられていた。

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