業者に一階の清掃をしてもらっている間、蕪木は二階の一室でエマの記憶が甦りそうなものを探していた。アルバム紀行も進み、小学校時代に突入していたからであった。

 幼少期の頃の記憶は以前よりも鮮明に覚えていてむしろこちらが戸惑うくらいだったのだが、実在する記憶が脳内記憶を追い越した辺りからエマの表情に陰りが見え始めた。謂れの無い罪を突き付けられて困惑している、蕪木にはそのように映っていた。

 それでもここでやめる訳にはいかない、後々困るのはエマ自身なのだ。蕪木は歩みを止める気は無かったが資料は多い方が良い、そしてもっと時間を掛けよう……そんなことを考えていた。

 物置部屋にある収納ボックスやクローゼットを開けまくり、小学校時代にエマが気に入っていた物が無いか探していた。彼が自分で掃除をしていた頃は『もう使わない』と捨てていたのだが、彼の亡母倫子トモコがその一部をこっそりと保存していることは知っていた。


「どこに置いてんだ?」


 倫子は家事が得意ではなかった。幼い頃から身体が丈夫ではなく、少し動けばすぐに疲れてしまう体質であった。だからどうしても家事仕事が追い付かずにゴミが溜まったりすることもしょっちゅうだった。それでも彼女は常に一生懸命だったからこそ、不良少年と言われていたエマが、母に代わって家事仕事をこなしてきた。


「あの、ちょっと宜しいですか?」


 蕪木は業者の女性が二階に上がってきていることに気付かず、思わずわっ! と声を出してしまう。


「驚かせてしまい申し訳ございません、少しだけお時間頂いても宜しいですか? 見て頂きたいものがあるんです」


 彼女は蕪木を誘って下に降りていく。何だろう?と思い付いて行くとリビングはすでに片付いていた。この部屋の床を見たのは一体何年振りだろうか?


「これって凄くないですか?」


 女性作業員はオレンジ色のファイルを手に嬉しそうにしている。この家の事はある程度把握しているつもりだった蕪木も、このファイルに見覚えが無かったのでどう『凄い』のか皆目見当が付かない。


「こんなに丁寧な作業をされてる方、なかなかお見受けしませんよ」


 彼女花ファイルを開いて蕪木に見せてきた。それを受け取って中身を見ると、小学校時代の学級通信が綴じられていた。時々クシャクシャになったものもあり、エマが捨てたものを戻して一生懸命シワを伸ばしている姿がすぐに想像できた。


「他にも同じような物が何冊か見付かりましたよ、ご覧になりますか?」


「えぇ、是非」


 蕪木は他のファイルも受け取って中を見ると学校給食の献立表が綴じられていた。生前であればどうしてこんな物を? と思うだろうが、今はエマの記憶を戻せる可能性のある物であれば何でもいいから残っていてほしいと願うばかりであった。例えすぐに効果が表れなくとも、こうしてきちんと残しておけば何度だって見直すことが出来るのだ。倫子がこの世から居なくなってしまったのは残念極まりないことだが、彼女の小さな努力は必ず報われる日が来るはずだ……生き残っている自分たちがエマを幸せにしてみせる、横暴な誓いのような気もしたが、今の甥っ子には守ってやる存在が必要だ。

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