それから程なくしてエマのリハビリが始まった。担当のトレーナーは身長二メートルに近い大男だった。杉浦義仁スギウラヨシヒトと言う名前で、今でこそ人あたりの良い真面目な好青年だがかつては暴走族のヘッドだったと言う黒歴史が直子によってバラされてしまった。


「しっかしあんたとここで会おうとは」


 直子の話によると彼は高校の同級生だったのだが、学校にはほとんど来なかったのに成績だけは良くてきっちり三年で卒業した、とのことだった。杉浦に言わせればむしろこっちの台詞だ、と言いたいところであるが。

 しかしながらエマは大層彼に懐いており、杉浦は杉浦で相変わらず脳内五歳児のエマを蔑視することなく可愛がっている。時折桂も見舞いがてらリハビリに付き添っているのだが、なぜか杉浦をライバル視していてエマを取り合っている状態だ。


「リハビリ終わったら昨日の続きしようぜ」


 桂はスマートフォンをちら付かせてエマを釣りにかかる。骨折していた事と一時期の寝たきり生活のせいで初めは立つことすらままならなかったのだが、本来の運動神経の良さのお陰か杉浦による指導との相性が良いのか、わずか数日で歩行の方はほぼ問題無くこなせるようになっていた。


「うん、やろうやろう♪」


 エマは桂に近付こうと嬉しそうに歩行を早めるが、早歩きはまだ難しかったようでバランスを崩しそうになる。桂は慌ててエマに駆け寄ろうと前のめりになるも、そこはさすがプロの対応は迅速で先を越される形となる。


「エマ君、早歩きの練習は次から。ねっ」


 はい。エマは再び棒に掴まってゆっくりと歩行の練習を再開する。桂は先を越された嫉妬も多少あったのだが、杉浦の行動を目の当たりにして自身の未熟さを痛感した。


 俺ひょっとしてエマの足引っ張ってないか?


 これまでの彼であればそこで拗ねて立ち去ってしまっただろう。しかしこの日はぐっと堪えて最後までエマに付き添い、約束通り一緒にゲームを楽しんでから病院を後にしたのだった。

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