か
二人はなるべく人から離れたテーブル席を選び、向き合って座るとまずは黙々と食事を摂る。
「学食のカレーより美味いっす」
「良かった、冷めないうちに食べてしまおうか」
「はい」
二人は食事の間中一言も言葉を交わさなかった。桂は山盛りにしていたカレーをものの十分ほどできれいに平らげ、満足げに腹をさする。
「ごちそうさまでした。って普段こんなことしねぇなぁ」
「敢えて一人の時にしてみると良いよ、少しだけど気分が変わる」
「んー、俺一応自炊するんだけど一人で食っても美味くねぇんだよ。昔は親きょうだいの分も作ってたけど、食わないどころか棄てられてたから」
桂は元々から擦れていた訳ではない……曲がりなりにも家族を思って行動を起こしてきたのに、一番分かってほしい相手にいとも簡単に純粋な思いを踏みにじられ続けてきたようだ。それを長い間我慢し続けた結果、どこかで爆発させないと精神が破壊されてしまう。彼は不良少年として振る舞うことでどうにか心と体のバランスを図っていたのかも知れない。
「そりゃ食事を楽しめなくなるのは当然だな。私も一人暮らしだから、気が向いたらたまに家に来ないか?」
「独身貴族の邪魔立てはしたくねぇけど家にいるより良いかも」
「なら連絡先を渡しておくよ」
蕪木はメモ帳とペンを取り出し、連絡先を書いて桂に差し出した。
「生憎赤外線受信が出来なくてな」
「俺のもだからこっちの方がありがたいや。連絡先は直接メール送るわ……それより俺に話があんじゃないんすか?」
やはり彼は察しが良い。蕪木は最後に残っている味噌汁を飲み干して箸を置く。
「エマのことなんだが……」
「あの事故で何があったかは知らねぇが、アイツこれまで見せたことの無い目つきしてた。何てぇか、めちゃくちゃ純粋な子供みてぇにキラキラしてて、アレはアレで嫌いじゃねぇよ」
桂の一言でようやく決心が付いた。ここに誘っておいて何だが、正直に話してよいものかまだ迷っていたのだった。もう少し桂の人となりを見極めるつもりで、先ずは互いに向き合って話をして別れるだけでもいいと考えていた。
「エマはあの事故の影響で五歳までの記憶しか残っていない」
「それでもエマはエマだ、アイツは記憶に関係無く俺を毛嫌いしてねぇ。それなら俺も記憶が云々なんかどうでも良い」
彼なら大丈夫だ。今エマと面会が出来るのは主治医である瀬戸山と美濃、二人に選抜された二名の男性看護師、親族である蕪木と新藤一家のみで、個室を用意してもらって知人との接触を避けてきた。
「君が自由に面会できるよう手配しておくよ。今日はどうやって潜り込んだかは聞かないことにするが、今度からは必ず受付を通ってくれ」
「面倒臭ぇけど分かったよ。そっちの事情も分かったし、俺の行動でエマが好奇の視線に晒されるのは気分良くねぇわ」
桂は単純に信用してもらえた事が嬉しかった。だったら俺もそれに答えるまでだ、素行不良で何かに付け誤解されやすいのだが、少なくとも好意を向けてくれる相手には割と素直で聞き分けの良い男であった。
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