「手前味噌ですまないが」


 蕪木は桂を連れて社員食堂に入る。ここは見舞い客も含め来院してきた患者にも開放されている。


「いえ良いっすよ……ここマジで安いっすね」


「あぁ、定食メニューは税込三百円で食べられる。時々は弁当も作るんだが、最近は専らここを利用してる」


「うわっ、学食より安いじゃねえか」


 食べ盛り成長期真っ只中の桂は嬉しそうに食券販売機を見つめている。


「今日は奢らせてくれないか、わざわざ時間を割いて貰ってるから」


「んじゃ遠慮無く。今はカツカレーな気分っす」


「了解」


 蕪木はカツカレーと日替り定食の食券を購入した。


「大盛りって出来るんすか?」


「あぁ、ただおかわりは出来ないから」


 蕪木ははしゃぐ桂を相手しながら食券を女性従業員に手渡す。


「今日は珍しく若い子連れてんだね?」


「あぁ、甥っ子の見舞い客だよ。学校の先輩だったらしいんだ、私も今日が初見でね」


「そうかい。あの子食べそうだね、大き目のカツ見繕ってやるよ」


「ありがとう」


 蕪木は気心の知れている彼女に礼を言った。


「ああいう子は温かい飯を腹一杯食わしてやれば素直で可愛いタイプだと思うよ、最近は何だかんだで食生活が満たされてない子供が多いからねぇ」


「そうですね、今の子供たちは大人顔負けの分刻みスケジュールに振り回されてますから」


「んじゃごはんよそっておいで、すぐ支度するから」


 彼女は食券を握り締めて厨房に入っていく。桂はごはんを大盛りにして福神漬けをたっぷりと乗せて上機嫌だ、蕪木はさっきまでむしろスレていた桂の変貌に思わず笑ってしまう。


「ん? 何すか?」


「いや、若いなと思っただけだ」


「まぁ、十七なんで」


 このところ大人たちに人間扱いされてこなかった桂にとって、蕪木との会話はなかなか貴重なものだった。見るからに不良少年な自分に対して偏見の視線を向けること無く、一人の人間として接してくれているのがどことなく歯痒くて気恥ずかしかった。


『今一番信頼できる大人』


 桂もエマから蕪木のことはそう聞いていた。当時はそんなの上っ面だけだと言い返したのだが、今はその言葉の意味がほんの少し分かったような気がする。


「あの女性の所に持って行けばカツとルーを乗せてくれる」


「さっきアンタと喋ってた人?」


「あぁ、勤続二十五年の大ベテランだ」


 へぇ。言われた通り女性の居る列に並ぶと、前に並んでいた客よりも明らかに大判のカツを乗せ、たっぷりとルーをかけた。


「え?」


「若いんだからたんと食いな」


「あっどうも……」


 桂は吃りながらも礼を言い、列から離れて蕪木と合流した。

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