その後美濃から検査結果が報告され、外傷による記憶障害ではなかったとのことだった。脳内の情報処理も情報伝達も正常範囲内だったようで、相当思い出したくない過去があるのではないかと言った。


「ここからは瀬戸山先生に一任されて良いと判断致しました。ただそれなりの怪我でしたので後遺症が出てくる可能性も考えられます、定期的に検査はさせてください」


「分かりました、宜しくお願いします」


 とそこに若い男性が無作法に勢い良くドアを開けて乱入してくる。


「エマッ! お前学校辞めちまったのか!」


 男性はどこかの高校生のようで、制服を着崩して派手な色のTシャツを着ている。身長も高く見るからに腕っ節の強そうな青年で、生憎蕪木は勤務中の為ここには美濃と進藤姉妹しか居ない。


「静かになさいっ!」


 そんな状況でも美濃は全く怯まない。とにかくエマの身を守ろうと頼子と直子が庇うように抱き締めた。


「うっせぇ! ババァは引っ込んでろッ!」


「ここは病院です! 医師の私が引っ込む訳無いでしょ!」


 美濃は掴み掛かろうとしてくる高校生の腕を捻り上げてあっさりと取り押さえてしまう。


「あなたA工業高校の生徒ね」


「「A工業高校?」」


 そこはほんの最近までのエマが通っていた高校だ。昨日蕪木が休学届を申請しようと学校を訪ねたが、素行不良が響いて退学処分となってしまった。しかし体の方が回復しても記憶が戻らなければ学校生活を送るのは難しいだろう、と考えればかえって好都合だったとも言える。


「何モンだババァ!」


「お口の悪いクソガキね……美濃佐智、名前くらいは聞いた事があるんじゃなくて?」


 美濃は取り押さえている手を緩めることなくニヤリと笑う。


「ウゲッ! 伝説のスケバンカウンセラーじゃねぇか」


「一体何事なんだ? って美濃先生?」


 騒ぎを聞き付けた蕪木が室内の状況に唖然としている。


「いえ、大きなを捕まえただけですのでお気遣い無く」


「そうでしたか。ちょっと宜しいですか?」


 蕪木は床面にへばっている高校生に近付き声を掛ける。


「君ひょっとして桂剛カツラゴウ君か?」


「お、おぅ……アンタエマのおっちゃんか?」


「あぁ、蕪木一聖だ。美濃先生、もうこれ以上の騒ぎは起こさないでしょう、彼を私に預けて頂けませんか?」


 分かりました。美濃は桂と言う名の高校生を離し、もう大丈夫ですと進藤姉妹に声を掛けた。蕪木は桂を椅子に座らせてエマと面会をさせてみることにする。


「ちょっとそんなことして大丈夫なの!」


 先日医師二人から“脅し”を受けた直子は従兄のやり方が納得出来ず嫌そうな顔をするが、桂はそれを無視してエマの顔をじっと見つめている。


「エマ、俺のこと忘れたか?」


「う〜ん……でもおにいさんのおかお、しってるよ」


「マジか! 名前は桂剛、覚えてくれな」


 うん。エマは彼と話をするのが楽しそうだった。

 蕪木はかつてのエマから喧嘩のノウハウを教えてくれた学校の先輩だと桂のことは聞いていた。学校一の不良でありながら、一旦気に入った相手に対しては一転、面倒見の良い兄貴分に変貌すると彼の事を尊敬していた様だ。

 こうして出会えたのも何かの縁かも知れない、そして桂は状況把握能力に長けていて空気も読めるようだ。蕪木は直観を信じて彼に声を掛けた。


「この後時間取れないか?」


「おぅ、良いけど。エマ、また来るよ」


「うん、またねごうせんぱい」


 エマは嬉しそうに桂に手を振った。桂は照れ臭そうに手を振り返し、別れ際に会釈してきた頼子には珍しく丁寧な一礼をした。

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