る
「それにしてもタイムスリップとは……」
翌日エマと面会をした瀬戸山は、昼食時間を利用して蕪木に話の内容を聞かせた。
「そうか……フフフッ」
「何だ? 気持ち悪い」
瀬戸山は思いっ切り嫌そうな視線を向けるが、蕪木は気にする事無く少しばかり上機嫌の様だ。
「いやさ、記憶が無くても覚えてることってあるんだな、と」
「あぁ、過去の記憶が消えてても日常的にしてきたことは案外忘れないものらしい。そう言えば何もかも忘れて赤ちゃん化した患者には出会ったことが無いな」
「なるほどな、エマは子供の頃からああいった類のものが好きだったから」
ふむ。瀬戸山は尖った顎を軽く摘む。何か考え事をしている時の彼の癖だ。
「使えるかも」
「何がだ?」
「エマ君の好きなもの、抜糸も終えて脳内検査の結果が出たらリハビリが始まる。確かゲームが好きだったろ? 脳と手先のリハビリにはなるだろう」
「あぁ……あとアルバムも考えてたんだが」
「悪くはないが、ちゃんと年齢を追って時間を掛けるようにした方が良い。いきなり今に近い写真を見せるのは止めておけ」
分かった。このことは進藤家にも伝えておこう。頼子は察しが良いから大丈夫だと思うが、直子はせっかちでおっちょこちょいだから一度では聞かないことも多い。蕪木は直子をどう言いくるめようか頭を悩ませていた。
「心配なのは直ちゃんだな、せかせかしてるし口が軽い。しかもやるなってことをわざと仕掛けてくる可能性も考えられる」
「面目無い、普段は隣県に居るから今ほどエマと会う機会は減るだろうけどな。そんなことしたらエマが混乱するから大袈裟目に言っておくよ」
「あぁ、記憶と記録のギャップで自殺を選ぶ患者だって居るんだからな。直ちゃんには脅すくらいが丁度良い、この件に起爆剤は不要だ」
瀬戸山は顔をキリッと引き締めてそう言い切った。それを直子に向けて言ってほしいよ……蕪木は苦笑いしたが、真面目な話ほど茶化す直子の性格には家族をはじめ蕪木や瀬戸山もそれにはかなり苦労させられてきたので言葉には出さなかった。
「意外なのは“鋼の女”に懐いてる事だな」
「そうか? 彼女小児科勤務だった時期もあったって聞いてたからそこまででもなかったんだが」
「それは初耳だぞ」
瀬戸山は蕪木を見る。実際緩和ケア病棟に居る彼と一般病棟に居る美濃との接点はさほど無い筈だ。瀬戸山自身は両棟を行き来するのでかなり顔が広い。
「美濃先生にお世話になったと仰る方が患者さんのご家族にいらして、挨拶してるところを見掛けたんだ」
「へぇ、世の中狭いもんだな」
「その異名は止めておけ、彼女患者の評判はかなり良いみたいだぞ」
「分かったよ、俺が名付けた訳じゃないからな」
今度は瀬戸山が苦笑いをして言い訳をした。
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