「記憶喪失か……」


 泣いているうちに眠ってしまったエマを進藤姉妹に任せてきた蕪木は、同期入職で心療内科医の瀬戸山充浩セトヤマミツヒロに甥っ子の件で相談を持ち掛けていた。


「こういうことってよくあるのか?」


「まぁ事例は無くもないよ、最近は過度なストレスによるものの方が増えてるけど。エマ君の場合は怪我が原因の可能性も十分に考えられるから、脳外科の美濃ミノウ先生にも知恵を頂いた方がいいだろうな」


「美濃先生か……」


 確か春に異動してきたばかりの……エマが搬送された時に執刀してくれたほぼ同世代であろう女性医師で、救命救急センターでの勤務経験があるとかで見事なオペさばきだった。


「俺から話をしておくよ」


「ありがとう、宜しく頼む」


 蕪木は瀬戸山と別れ、エマの居る病室に戻った。


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「そうですか。どのみち脳内検査はしますけれど」


「それは外傷による記憶障害の可能性もあるということですか?」


 蕪木と別れた瀬戸山は早速脳外科医の美濃佐智サチにエマのことを報告した。


「怪我の程度は差程でもなかった、と報告を受けていたのですが」


「えぇ。バイクで海にダイブした割には、という話です」


 美濃は淡々とした口調で答える。


「怪我の状態を見る限り、頭は不思議と縫合で済む程度で骨にも異常は診られませんでした。私見ですが異常は見つからないと思いますよ」


「可能性の話です」


「けれどその行為を行う事自体尋常な精神状態ではないでしょう?」


 まぁ確かに。瀬戸山はその言葉に頷いたが、私が執刀したのだから事故の後遺症によるものとは考えにくいとでも言われている気分だった。実際彼女は腕の良い医師だが、完全にビジネスと割り切っている節があって少々苦手な人種ではあった。


「沖野さんの怪我の経過は定期的に診察させて頂きますが、きっと貴方の方が適任だと思いますよ」


「こちらとしても彼の状況を把握しておきたいので、ご面倒でも逐一報告して頂きたいのですが」


 瀬戸山は患者を優先させる、という印象を持たせるため少し語気を強めて言った。


「勿論そのつもりですよ、最善を尽くして協力させて頂きます」


 案外あっさりと話を理解してもらえた様だと瀬戸山は若干拍子抜けする。さっきまでの取っ付き難さは何だったんだ? とは思ったが、彼がこれまで接してきた外科医たちの横柄さを思えば嬉しい誤算だったとも言えた。

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