「……」


 その問いに一同は何も答えられない。ただ目の前にいる甥っ子の様子がおかしいことには全員が気付いており、正直に答えても納得させられるのか? という思いが頭をかすめてしまうのだ。


「ねぇ、どうしてだまってるの?」


「エマ、今から叔父さんが言うことをよく聞いてほしい。まず今日は二〇○○年七月十六日、そこは強制的に納得してほしいんだ」


 蕪木は意を決したように備え付けの椅子に座ってエマと視線を合わせる。体は怪我をしている以外特に激変した所は無いが、今見せている表情……特に目が小さな子供の様に純粋な感情がだだ漏れになっている。


「えっ? 二〇✕✕年じゃないの??」


 エマの口から十二年前の西暦を聞かされて、頼子と直子は驚いた表情で互いの顔を見合わせていた。


「あぁ。それとこれが何か分かるか?」


 蕪木はポケットに入れていた掌サイズの四角の物体を見せてやるが、エマは見覚えが無いと首を傾げている。


「なにかのゲームき……かな?」


「これはスマートフォンっていう電話もインターネットも出来る機械なんだ。因みにこれは十日前までお前が使ってたものだ、幸い壊れず今も使えるぞ」


「これが、ボクの?」


「あぁそうだ」


 蕪木はスマートフォンをエマに手渡した。彼にとっては見覚えの無い代物のはずなのだが、それは思いのほか手によく馴染んでいた。


「……」


 エマは自身の持ち物を手にしていることで幾分気が紛れている様子だが、それより何よりどうしても知らせなければならないことがまだ残っている。蕪木は一つ息を吐き、甥っ子の手を取ってエマ、と名前を呼んだ。


「それとな、お父さんとお母さんは二週間前に亡くなった。葬儀も初七日も済ませてる」


「そんなわけないよ、だっておかあさんとでんわしたもん……」


「電話? エマ、その内容を覚えてるか?」


 エマはまだ事実を理解していない様子だったが、それでも気丈に頷いておとうさんがじこにあったと説明した。


 十二年前……そうか、あの時のことか……


 エマの話には蕪木にも覚えがあった。当時エマの父親は高速道路で玉突き事故に巻き込まれて半年ほど怪我の治療を余儀無くされ、その間に勤めていた会社をリストラされたのだった。


「おとうさん、たすからなかったの?」


 事実ではなかったものの、今はそうしておいた方が良さそうな気がしてあぁと頷いた。


「おかあさんは?」


「お祖父ちゃんとお父さんが一気に亡くなられたショックで発作を起されたの」


 その問いには頼子が答える。その日にエマの祖父が亡くなったことと、度重なるアクシデントによるショックで母親が発作を起こしたのは事実だった。エマの記憶がそこまでしか無いと分かった以上それで話を摺り合わせる事にする。


「おかあさんまで……」


 ううぅっ……エマはスマートフォンを手にしたまま顔を覆い、呻き声を上げながら涙を流す。大人たちは怪我をしていない部分を擦ったりティッシュで涙を拭ったりしながら必死に宥めていた。

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