会場のトラブルの収拾を従妹に任せた蕪木一聖は車でエマを探す。ケータイも繋がらない、彼の自宅、自身の住むマンションに立ち寄ったが戻っていない。バイト先、時々入り浸っているライブハウス、分かる所はしらみ潰しに訪ねてみるも甥っ子は見つからない。


 おかしなことをしていなければ良いが……


 ふと過った嫌な胸騒ぎが蘇って我に返ると、にわかに国道が騒がしくなっているのに気付く。蕪木は国道に出て何気にパトカーと同じ方向を走り、結果港まで付いて行ってしまいこんな時に何やってんだ、と自分自身に呆れていた。

 ところが港では事故か何かがあったらしく辺りは物々しい雰囲気で、船まで出して何かを探している様だ。彼は近くに車を停めて現場に向かい、釣り人風の男性に声を掛けた。


「何かあったんですか?」


「あぁ、バイクごと飛び込んだ奴が居たんだと」


 ホラ。男性は既に回収されているカブを指差した。蕪木はそれを見て絶句する。まさか……表面上は平静を装ってどうもとその場を立ち去り、カブの方へ駆け寄った。


「関係者以外の立ち入りは困ります!」


 男性警察官に呼び止められた蕪木は、このカブに見覚えがあると言った。しかし相手も緊急事態、そう易々と見せてくれるはずがない。彼は自分名義の物である可能性がある、とバイクのナンバーを伝えると警察官の表情が変わり、事情聴取を受けてここで起きた惨事を知る事となる。


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『エマ、お留守番宜しくね』


 エマと呼ばれた幼稚園児くらいの男の子にケータイと自宅の鍵を手渡した女性は、スーツケースを片手に玄関に向かう。


『遅い時間になるけど、今日中に一聖叔父さんが来てくれるからね』


『うん、おかあさんもむりしないでね』


 エマは少々不安そうにしながらも頷いてみせた。


『何かあったら連絡するね、このボタンを押せばお電話出来るから』


 女性は小さい手に握られているケータイを指し、息子の前で腰を落として不安を取り除いてやる様に二の腕を優しくさする。

 行ってくるね。母親らしい優しい表情を見せてから踵を返し、大荷物を抱えて家を出て行った。


 夜になって叔父の一聖が様子を見に来てくれたが、まだ仕事が終わっていないとのことで夕飯の支度だけを済ませて再び職場である病院に戻っていく。

 その間独り二階の一室で母からの電話を待つエマ。すると突然小さな手の中にあるケータイが震え出し、言われた通りボタンを押して耳に当てた。

 おかあさんだ、おじいちゃんはぶじなのかな? しかし電話越しの母の言葉は予想だにしなかったショックなひと言だった


『お父さん、事故に巻き込まれたって……』


 えっ……? エマの思考が固まる。そのタイミングで一聖が仕事から戻ってきた。


『おじさんにかわるね、ちょうどかえってきたから』


 そうして頂戴。その言葉に突き動かされる様にエマは全速力で叔父の元に向かう……が早くしないとと焦る余り階段を踏み外してしまう。


『エマっ!』


 叔父の呼び掛けを最後にエマは意識を手放した。

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