「あーーーーーッ!」


 葬祭会場を飛び出したエマはあても無くカブを走らせ、時折心の詰まりを吐き出すかの様に叫び声を上げていた。ヘルメットも被っておらず、外の空気をダイレクトに感じてアクセル全開でただただ真っ直ぐ突き進んでいた。


 お袋が死んだ、俺の部屋で……しかもクソジジイと一緒に。何で? あれだけひどい目に遭ってあれだけ痛め付けられてきたじゃねぇか。それでもアイツと一緒にいたかったのか?なら俺はあんたにとって一体何だったんだ?


 エマの頭の中では家庭内での出来事が次々と蘇ってくる。サラリーマン時代から父親の母親への暴力は頻繁に行われており、子供の頃はそれを見るのが怖くて部屋に閉じ籠って耳を塞いでいた。

 これまで何があっても夫の悪口は一切言わなかった。寧ろ『私が至らないばかりに』と言ってた様にエマの中では記憶していて献身的過ぎるくらいに見えていたのだが……そんな事が何度となく繰り返されて、叔父である蕪木や進藤一家もあらゆる助け船を出してきたにも関わらずそれを全て断り続けてきた。

 そんな彼女が親戚に頼ったのはエマの学校絡みの事だけだった。高校進学すんの止める、そう言った時は初めて涙を見せて従弟の蕪木を頼った。それが父親に知れた時は当然の様に殴られていたが、その時だけは反発した。『エマには親として出来る事をする』と。


 こうなる前に何で? と思う、俺やっとアイツに腕っぷしで勝てるようになってきたのにさ。これで物理的にお袋守れる様になれんじゃないかって思ってたんだ、でも実際は違ってたみたいだけど……。


 校則の緩い不良の掃き溜めの様な学校に進学し、バイトと喧嘩に明け暮れる日々だ。それでも成績は良く学校には比較的馴染んでおり、入学早々当事学校一の不良に喧嘩を教えてほしいと直談判して以来一目置かれている。母親を助けるために覚えた喧嘩、家庭内暴力を無くしたくて父親に勝てるようにまで強くなったのに、母親はそれを良しとしなかった。それが悲しくて悔しかったが、彼女の辛そうな表情を見たくなかったので抑止以上の事をするのをやめた。


 走行中彼は一切ブレーキを使わなかったが頭の中は意外と冷静だった。しかし表向きの行動はほ真逆で信号が赤でもそのまま突っ切り、あわや歩行者を轢きそうになってもお構い無しでひたすらカブを走らせる。そうしているうちに後方でサイレン音が追い掛けてきて、いつの間にかパトカーとのカーチェイスを繰り広げていた。

 

『停まりなさい!』


 何度呼び掛けられても無視して走り続ける。そうしているうちに水平線が見えてきた事で目的地を海と決めた。


 くそ厚いし海にでも入るか。


 カブは更にアクセルを噴かして加速し、港に向けて走っていく。警察から逃げているというよりも、汗やら塵やらでベタベタになった体を早く海で洗い流してしまいたかった。


 服脱ぐとか面倒臭ぇな、このまま入るか。


 まともな精神状態であればそれが危険極まりない事は分かるはずなのだが、もはやそんな事どうでも良かった。


『停まりなさい!』


 遂にパトカーに追い付かれてスピーカー越しに呼び掛けられる。港ははすぐ目の前、さっさと海に飛び込むのみ! それしか頭に無いエマは更にカブを加速させて並走するパトカーを振り切った。


 もうすぐだ!


 カブは防波堤に入って一切スピードを落とさず走り切り、気付いた時には宙を舞っていた。体はカブから離れて勢い余って回転し、何の支えも無く全ての流れが一瞬だけ止まったのを感じてすうっと意識が遠退いていった。

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