出会い
静かな部屋で鼻のすする音や隣の部屋の雑音、車が水しぶきをあげる音。
全てが鮮明に聞こえる不思議な空間の中。
人生のほとんどを施設の中で過ごしてきた僕には、今どんな言葉をかければいいのかわからなかった。
そんな自分が情けない。こんなに伝えたい思いがたくさんあるのに、言葉にできない自分が。
沈黙が続く中、雨音との日常が走馬灯のように頭に浮かんだ。
今まで雨音と過ごした時間が教えてくれた。
気持ちを伝える方法は言葉だけじゃない。
僕は雨音を強く、強く抱きしめた。
「雨音。僕、雨音が好きだ。どんな雨音も雨音なんだ。今ここにいる雨音が変わってしまっても、僕の中の雨音は変わらない。僕の中の雨音への気持ちもずっと変わらないんだ」
僕の胸の中で泣いてる天音は黙ったまま僕の話を聞いていた。
「僕、こんな気持ちになったのは初めてなんだ。こんなにも人の気持ちを知りたいと思うなんて。初めてなんだ…」
その時僕は初めて涙を流した。今まで感情を抑えてきた。
抑えられていたのにこの涙を抑えることは決してできなかった。
静かに雨音が口を開いた。
「私も、私も初めてだったよ。こんなにも気持ちを伝えたいって思えるのは。だからこそ、伝えれなくなった時が怖い。怖いの」
「君は無感情なんかじゃない。前の雨音に戻っても、きっと伝わるよ雨音の気持ち。天音にあって気づいたことがたくさんある。人に伝わるの物は結果とか表面的なものだけじゃないってこと。君が教えてくれたんだ。
だから、そばにいさせてほしい。そして」
「君の心の声を聞きたい」
そして雨音が呟いた。
「私も君に聞いてほしい」
そして僕らは寄り添い、眠った。
今まで生きてきて1番幸せな時間だった。
これが僕と雨音の最後の時間だった。
朝起きると、隣に天音はいなかった。料金は支払われた後で僕は1人電車に乗り、家へ帰った。
隣の部屋はもぬけの殻で本当に雨音が住んでいたのかわからないほど静かだった。
自分の部屋へ入り、ふとベランダに目を向けると開け放たれた窓の下に、一通の手紙が雨音に盗まれたスリッパの下にはさんであった。
手紙
「拝啓音無くん
まず、最初にありがとう。
そしてごめんなさい。突然いなくなってしまって。本当にごめんなさい。
昨日話して気づいたの。やっぱり一緒にはいられない。音無くんは優しいから、その分私が甘えていたの。でもこのまま時ダメなんだ。好きだから、好きだから離れる。私は普通の女の子とは違うの。だから。だからこれ以上音無くんの人生に迷惑かけたくないの。
だから、約束してほしい。
もし私を見かけても話しかけないこと。
その私はきっと今の私じゃないから」
そしてここから下の分は雨音の涙で読めないほど滲んでいた。
「私少しでも良くなるようにもう一度実験受けることにしたの。もし、少しでも良くなったら私君に会いに行く。
私は君のことが大好きです。
楽しい記憶をありがとう音無くん。そして」
「さようなら」
僕は狂ったように泣いた。泣き喚いた。
どんなに泣いても喚いても、雨音が窓から入って来ることはなかった。
2年後
卒業式が終わり、家までの道を歩きながら雨音のことを考えていた。あれから2年間一度も雨音には会えなかった。いくら探しても、彼女に会えることはなかった。夢だったのか、そんなことを思うほどに彼女と過ごした時間は少しずつ、消えていった。忘れたくない記憶ほど、どんどん消えていってしまう。
それが辛かった。
ため息を吐いた刹那。
ポツリと僕の肩に雨が落ちた。
天気雨だ。こんなに晴れているのに次々と雫が落ちて来る。
雨の日は彼女を思い出す。雨の雫の音が静かに優しい記憶を引き出してくれる。
天気雨は彼女のようだ。
僕は橋の下へ向かった。雨宿りのためだけではなかった。
そして僕らは出会った。
橋の下へ入ると雨の音が小さくなり、同時に橋の下で佇んでいる髪の短い女性と目があった。
その人は古いガラケーを持ち何かを眺めていた。
その携帯を閉じた時、緑のキーホルダーが揺れた。僕は確信した。そこに立っていたのは雨音 雫だった。
「会いたかった」
彼女の表情は変わらなかった。
だけどかすかに聞こえた。確かに聞こえた。
「『私……も』」
僕は涙を流しながら。心から伝えた。
「『君のそばにいたい』」
そして雨音は携帯を取り出し画面をこちらへ向けた。待ち受け画面。そこには僕の背中と尾道で見たあの夕焼けが写っていた。
そして雨音は何か文字を打ってこちらへ向けた。
「そばにいさせてください」
僕が笑顔を向けると、雨音の目から1つ雫が落ちた。やっぱり無感情な人間なんていない。こんなに美しい涙を流せるのだから。
僕は笑顔で君に伝えた。
『君の心の声を聞きたい』
君の心の声を聞きたい 千輝 幸 @Sachi1228
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