第27話 進捗状況
そして、さらに数ヶ月が過ぎた。
季節が夏から秋に変わろうとしている。
翔大襲来まで、あと約2年。
俺が頼んだセンターと防衛省の協定案は、普通でない事務関係の仕事だから、後回しにされるのも分かる。
彼らにとっては、他のもっと現実的な、たとえば、今月末が納期の仕事とか、たったいま入ったクレームの処理だとか、来週の接待の店探しだとか、そういったことの方が優先度が高い。
当然なんだと思う。
それを頑張ったからといって、直接的に自分の懐にいくらかの金が転がりこむわけでもない。
経営者ではないから、頑張ってもカネに変わるとは限らない。
いつでも上層部の関心は別にあって、働くことは楽しみでも趣味でも、生きがいなんかでもない、金儲けだ。
それも分かる。
特に役所の仕事なんてのは、営利目的の仕事ではないので、それでカネを生むわけでもない。カネを生まない仕事は仕事じゃないし、プロとは言い難い。
「こんにちはー」
アースガード研究センターに、突然の来訪者があった。
文科省役人の、宮下さんだった。
「うわ、どうしたんですか、突然」
「え? いやぁ、監督官庁として、抜き打ち視察に来てみた」
そう言って恥ずかしそうに笑う彼は、多分そんな口実でも作ってみなければ、ここへ来られなかったのだろうと思う。
「お久しぶりですね、お元気でしたか?」
「なんだよそれ、イヤミ?」
彼は笑った。
アポ無し監督官庁からの急な来局に、香奈さんやセンター長はすっかり慌てふためいている。そんな、気にすることないのにな。
「書類の申請は、進んでいますか?」
「やっぱり、それが気になるよね、俺もそうなんじゃないのかって、気になっちゃってさ」
その後、防衛省の野村氏からの連絡は一切なく、内閣府の高橋氏とも連絡をとれていない。
そもそも、こちらから何かを言える立場ではないのだ。
『どうなっていますか?』
『進んでます?』
立場上、下のものが上に意見や催促をするのは、非常に勇気がいる。
どれだけ社長や上役が、フレンドリーに接してきたって、それは下の連中が、そうやって接しているからだけのことなのに。
それを、さも自分の人柄のように語られるのを、どれだけ苦い思いで聞いているのか、華やかなだけの存在だなんて、そんなものはありえない。
いつだって、顔は笑っていても、誰しもが腹の中では、黒やグレーの渦を抱えて、それでも円滑に事が進むように努力している。そういうもんだ。
「来年度の予算編成が、本格化しているからね、それどころじゃないんだよ」
「まぁ、そうなんでしょうね」
本当は、何よりもそこに、一番に組み込んでほしい内容だったんだけどな、俺たちのような、なんの繋がりも伝統もコネもないような連中には、これ以上手の打ちようがない。
国の予算編成ってのは、昨年度の予算案が通過した時点で、もうすでに始まっている。
5月末には既に来年度の予算請求額を各省庁が決定し、総務課に提出する。
そして8月には、各省庁が財務省に概算要求するのだ。
俺が内閣府の高橋氏にコンタクトをとれたのが6月、
防衛省の野村氏とのランチが7月、
通常の予算編成に、翔大迎撃作戦の費用が組み込まれているとは考えにくい。
同じく8月には、財務省からの予算限度額も発表されているし、何かと緊縮が叫ばれている中での、新たな予算獲得は、難しいのだろう。
国家予算というのは、もちろん財務省で編成するのだが、実は予算編成の基本方針というのは、内閣府が決定し、その方針に従って財務省が予算を組む。
これは、財務省に好き勝手にさせないための一種のチェック機能だ。
そういう意味では、内閣府の高橋さんを味方につけた(?)ことは、大きいんだけど……。
「高橋さん、どうしてるんでしょうねぇ」
「さぁ、今が一番忙しい時期だからねぇ」
12月には、財務原案が発表され、そこから復活折衝が始まり、最終予算が国会に提出される流れだ。
この通常ルートに翔大の予算が入ってないとすると、残る可能性は補正予算ということになる。
そもそも、最初に提出された予算通りに、カネが使われることはほとんどない。
国の借金がーなんて、叫ばれてもう何年も経っている。
それなのに、一向にその解消がされないのは、本気で削減しようという気がない政府と国会議員の怠慢だ。
もう何年も同じことをくり返しているなんて、学習能力もないに等しい。
実はこの補正予算ってやつが、国の借金の正体だ。
緊急の災害復興費用に組まれる補正予算を国債でって言われたら、まぁ仕方ないかと思うけど、景気刺激策に使われる大型補正予算ってどうなの?
どれだけの予算獲得を引っ張ってきたのかを自慢するより、江戸の殿様みたいに、質素倹約を自慢すればいいのになぁ。
生めないカネを生んで、なにがプライマリーバランスだ、赤字半減目標だ、テメーの体脂肪の方を気にしてろ。
それでも、翔大迎撃費用は欲しいんだけどね、しかもたっぷり。
そりゃ誰だって、自分のところにカネは欲しいよな。
キレイなことばかりを言って、自分の保身のために動くことは、反吐がでるほど気持ち悪い。
だけど、自分の身を守るためには、そうやって反吐が出るほど気持ち悪い、気持ちの変革を、どうしてもやりとげなくてはいけないのだ。
それを負けとして見るんじゃない、現状の改善のために、前向きに捕らえてゆくんだなんて、頭では分かっていても、それが一番の良策だと知っていても、気持ち的に複雑になるのは、どうしたって避けようがない。
オカネをください。
翔大を打ち落とすためのオカネなんです。それは、自分のためなんかじゃなくって、日本国民、いえ、強いては全世界人類を守るための、平和的な予算なんです。
決して、天文学発展のためだったり、ましてや軍備増強のための、予算なんかじゃありません。
「とにかく、連絡を待つしかないよね」
宮下さんが立ち上がった。
彼は、それを伝えるためだけに、わざわざ来てくれたのだろうか。
センターの人間が、総出で彼を見送る。
イヤだよ、やりたくないよ。
どうした自分、昔の俺は、そうじゃなかっただろ、
言いたいことは言ってやれ、もっと本音をさらせよ、
本気だせよ、自分を誤魔化してんなよ!
なんて言えるのは、二次元の世界だけでしかないということを、身をもって知るのが、ちょっとはオトナになるっていうか、社会人なんじゃねーのかな。
お前が言うなって? しらねーよ、バーカ。
とにかく、カネをくれ。
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