第28話 You are my only shining star

さらに2ヶ月が過ぎた。もう11月だ。


内閣府の高橋氏からは、一切なんの連絡もない。


こういう時って、やっぱり接待みたいなことをして、内情を聞き出したり、きっちり予算に組み込まれるよう、頭を下げに行った方がいいんだろうか。


しかし、ここでの一番の問題は、高橋氏はあくまで内閣府の人間であって、財務省の人間ではないし、そもそも彼にそんな権限があるのかどうか、はなはだ疑わしい点だ。


この時期の財務役人なんて、本当にキレッキレだからな、触るもの皆、傷つけるどころか、全員なぎ払いのうえ、即刻打ち首だ。


余計なことをしない方が、いいような気がする。


2008年10月7日の協定世界時2時46分、日本時間11時46分に、人類史上初、大気圏突入前に発見された天体がある。


後に280個、約4kgの破片が回収され、アルマハータ・シッタ隕石と名付けられた2008 TC3だ。


前にもちょっと触れたけど、発見されたのは、大気圏突入の20時間前、その後、スーダン北部の上空で、秒速12.8kmの速さで突入し、爆発、消滅した。


推定された直径は2mから5m、推定質量は約8トンだから、翔大に比べれば、はるかに小さい。


そもそも星って奴は、光っていないと発見出来ない。


有名なハッブル宇宙望遠鏡や、日本のすばるなんかも、対象とする星が光っているから観測出来るのであって、光っていなければ、どんなに近くても見ることが出来ない。


ハッブル宇宙望遠鏡の観測出来た最も遠い銀河が133億光年先の銀河でも、根暗な星なら1光年先でも見えないのだ。


輝いとけ自分、光っとけ、俺。


どんな凄い望遠鏡をもってしても、キラキラしてないと、認識してもらえないのだ。


キラキラしとけ、お前もな。


2011 CQ1というやつは、発見から14時間後に、地上から5480kmの地点を通過していった。地球の半径が6378kmだから、もう本当の大接近だった。


最短接近記録の持ち主だ。


地球に接近しすぎて、その重力による影響で、飛行軌道が60°もカクッと折れ曲がり、軌道が変化した。


そう、隕石って、まっすぐ地球に向かって飛んで来るわけじゃない。


常に地球の周りをぐるぐる回っていて、旋回しながら落ちてくる。


色々と悩んだ末に、巡りめぐって落ちてくるわけだ。


迷ってないで、まっすぐ進んどけ、お前もな。


翔大は幸い、キラキラした輝く星だった。


だから見つけてもらえたし、発見も出来た。


この2008 TC3ってやつは、ダイヤモンドを含む珍しい隕石だった。


どんな星でも、光っていないと観測できない。


つまり、何事も光りが頼りだ。


それは逆に言うと、地球の影に入ってしまえば、観測出来ないということ。


自ら光りを放つ星として有名なのは、太陽。


太陽の光を受けて反射しているのが、翔大たち。


キラキラしてるっていったって、自分一人の力で輝いているわけではない。


誰かがそばにいて、何らかの事象があって、光り輝くものだ。


それは、引き立て役が必要って言ってるわけじゃないからな、自分を引き立てる出来事が必要って話しだ。


照らしてくれるような出来事がないと、どんな立派な奴だって、輝けない。


俺みたいに。


「高橋さ~ん、最近どうですかぁ?」


直接会う勇気はなかったけど、直で電話してみた。


メールだと返事がすぐには返ってこないだろうし、忘れられたり、無視される可能性もあるからだ。


電話して怒られたら、すぐに切ればいい。


「どうですかじゃないよ、もう全ての作業が中断中だ!」


「は? なんで?」


「なんでじゃねー」


聞けば、現国会が大紛糾中だと言う。


「どういうことですか?」


「お前、ニュース見てないのかよ」


「見てますよ、主にエンタメとスポーツですけど」


「せめてトップニュースぐらいは見とけよ、ついでに政治と経済も」


聞けば、現総理大臣のヅラが、国政調査活動費として、経費で落とされているという疑惑が浮上し、大問題となっているらしい。


そのことをキャッチした野党議員が、明確な説明を求めて、議会でのその他の審議を全て拒否しているそうだ。


さらには総理が、『自分はヅラではない。例えそうだとしても、ヅラの費用は私費で購入している』と発言したことによって、事態は一層最悪の様相を呈した。


総理の頭髪はヅラか自毛かで激しい言い争いとなり、総理は審議発言をプライベートな内容として拒否、はたして総理の行動は私人か公人か、ヅラか自毛かで、国会審議が中断、この先の見通しが全く立たないという。


「俺はね、頑張って法律案を出したんだよ、予算つけるための!」


「ありがとうございます」


「それが総理のヅラ問題でな……、まぁ、気になる男にとっては、大切な問題だか

 ら、イカンとも言い難い。ましてや身だしなみも問題となる一国の総理大臣外見問

 題、国会審議で紛糾するのも仕方が無い」


「ですよねぇ~」


 と、言っておく。


「でも、こんな短期間で内閣提出法案をつくって、法制局参事官にオッケーもらえた

 んですか? 凄いですね、さすが」


「ま、『こんなのを将来つくるための準備をしましょうや』っていう、法律案だから

 な、あくまでも」


 そういう彼の声は、電話越しでも得意げだ。


「即席だったけど、極秘なんだろ? そういうのはな、得意なんだよ」


「頼りになります」


思わず口元がほころんで、改めて礼を言ってから電話を切った。


流れが変わったら、向こうから連絡してくれるらしい。


話しが終わってしまうと、俺はまたすることがなくなって、狭いセンターの片隅で、一人デスクにポツンと座っている。


ぼーっとしていたら、ふと香奈先輩の視線が、俺にあることに気がついた。


「なんですか?」


「何でもないよ」


翔大の観測、分析に忙しいセンターの連中に変わって、実験助手的な役割も引き受けている香奈さんが、じっとこっちを見ている。


「俺の顔が男前過ぎて、見とれてました?」


「それだけは違うと、はっきり断言しておきます」


「相変わらず冷たいなぁ、もっと素直になればいいのに」


俺は額を机の上にゴンとのせて、香奈さんを見上げる。


やることのなくなった俺は、また窓ぎわ仕置き部屋社員に逆戻りだ。


「まぁ、意外とよく頑張ったとは思ってるよ」


「惚れ直しました?」


「少なくとも、マイナスからゼロにはなった」


これ以上また何か言うと、首を絞められるか、蹴飛ばされそうだけど、そう言えば最近はそんな暴力も受けてなかったな。


「もう、蹴飛ばしたりしないんですか?」


「ケトバサレタイノカ、コノヘンタイヤロー」


 香奈さんが変な言い方をするから、俺が笑って、彼女も笑った。


「俺は分析のお手伝いは出来ないので、行ってあげてください」


「あんたも、国会承認がとれれば忙しくなるんだから、今のうちに関連する法規の、

 勉強でもしておきなさい。私、あぁいう細かい文字は、苦手なの」


そう言って目の前に置かれたお茶は、俺専用の湯飲みで、淹れたての温かいお茶だった。立ち去る彼女の背中を見つめながら、ありがたくすする。


相変わらず、優しいにおいがした。

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