第22話 ぜひお目にかかりたいです

東京霞ヶ関東急ビル内、内閣府宇宙開発局。


俺は今、そこに立っている。


「日本近海に、隕石落下の危険性があることは、報告を受けてご存じですよね!」


俺のその一言に、ざわついていた室内が一気に静まり返る。


「NASAから報告があり、今から約2年後の夏、人類滅亡の危機を引き起こしかねない、小惑星の存在が確認されました」


文科省からついてきた、宮下が目を丸くしている。


こいつにとっては、初耳のはずだ。驚くのも無理はない。


「すでに国際会議も、ここ東京で、我々アースガード研究センター主催で行われ、各国の対応が議決されたのも、ご存じですよね!」


そういえば、俺が国際会議の招待状を送った時、文科省と内閣府にも送ったかな? 


いや、送った記憶がない。あれは、天文学会が主体だった。


他の国の要人まで、いちいち身分の確認はしていないが、少なくとも、日本国内では政府関係者は一人も招待していない。


「そこで、今現在地球に向かってきている小惑星との、衝突回避の方針が決定されました。衝突方式です! で、今後の方針なんですが……」


「あの、すみません。そう言ったお話は、局長にしていただかないと、私どもではなんとも……」


スーツ姿の男性が慌てて手を振り、普段はどんな仕事をしているのか知らないが、俺に向かってへこへこと頭を下げる。


「では、局長は?」


「えっと、ここには不在です」


「不在? では、どこに?」


「少々お待ちください。確認をしてまいります」


そこで示された受付のソファに、宮下と並んで腰を下ろした。


「おい、なんの妄想話しだ。謝罪とか申し開きにしては、話しがでかすぎるだろ」


まっすぐ顔を前に向けたまま、表情一つ変えない宮下が、小声でささやいた。


「事実だ。今から約2年後に、全人類は隕石落下によって、滅亡する」


「ま、俺には関係ない話しだけどな」


宮下とっては、それは全くの無関係な、別次元の世界の話しだった。


「もしそれが本気の事実だとしても、俺の担当の仕事じゃない」


「センターの仕事に関する、審議委員のある文科省としては、ぜひ関わっていただきたいね」


宮下は、俺を振り返った。


「審議と評価はする。実務は知らん。もし、今ここで、お前のさっきの発言が虚偽だと俺が判断したら、どうする?」


彼が、この事実を事実と認定しなければ、翔大はこの世から消されてしまう。


どんな大事件も、大問題も、ない事にされてしまう。


そこに、確かに存在しているのに。


「俺の仕事も終わり、日本が終了する」


「いいじゃないか、面倒なもめ事はゴメンだ」


宮下は、いつまでも冷静だった。


「それで終わらせるのも、一つの手だな」


 宇宙局の受付担当者が戻ってきた。


「えぇっと、現在、科学技術政策のうちの、宇宙政策に関しましては、兼任ということになっておりまして。それで、担当の部署に連絡したところ、現在不在という返事です」


「それは、アポを取らないと、お会いできないということですか? いつならよろしいですか?」


「もう一度、連絡を取り直します」


あたふたと、固定電話をかけ直す。


どうしてこう二度手間、三度手間をかけさせるんだろう。


会いにきたって言ってんだから、会いたいに決まってるだろ。


「これだけ大騒ぎしておいて、冗談では済まされないぞ。さっきの話しはマジなのか。もし本当なら、俺はここで手を引く」


「マジじゃなきゃ、俺はここにいない。非公開情報だ。他に漏らすなよ」


宮下の眉が、一度だけわずかに動いた。受付の電話が置かれる。


「えぇっと、現在、他の業務で忙しく、次のお約束は確保できないと……」


「今はどちらにいらっしゃいますか? トイレにも行かない、飯も食わない人なんですか? 24時間のうち、24時間仕事してます? 緊急事態なんです、至急の取り次ぎをお願いします」


もう一度担当者が電話をかける。


長い長い呼び出し音の後で、ようやく繋がった。


「えっと、来年の6月くらいなら、お話を伺ってもいいと……」


「本日、6時の予定を聞いてください」


「えっと、ですが……」


受話器はまだ、担当の手にある。電話は切られていない。


俺は躊躇なくカウンターを飛び越え、それを取り上げた。


「国内死者、4千500万人の責任を、あなたに全部押しつけますよ」


「なんの話しだ」


相手は、内閣府本庁にお勤めの、なんとか役人。


「アースガード研究センターから、緊急連絡の報告があったにも関わらず、当時の内

 閣府担当者が事態の緊急性に気づかず情報を放置、その結果、死者4千500万人の

 被害を出した、という3年後のニュースのヘッドラインが見えました」


「冗談は、寝言だけにしてくれ」


俺の脳裏に、突然名案がひらめいた。やっぱり俺は天才だった。


こいつらを動かす、一番簡単な方法を、とっさに思いついた。


「今から俺、マスコミに走ります。2年後に、日本が滅びるという、確かなエビデン

 スを提示してきます。国内どころか、世界中で大混乱ですよ。実際に翔大は、巨大

 隕石は、目の前に迫ってきていますからね。


 そうすると、その対策のために、今の仕事も全部放り投げて、取り組まないといけ

 なくなります。


 連日の大騒ぎ、世論沸騰、デマの飛びあい、目立ちまくって、注目されること間違

 いなし! 


 連日テレビに引っ張りだこ、この人を見ない日はない、誰もが話しを聞きたがる。


 人類を、世界を救うという、カッコウのネタを、みすみす他人に譲ってもいいんで

 すか? あっという間に、他の方にとられますよ、こんな美味しい仕事。


 大注目の大仕事、誰もが知ってる一大事業、それを一言口に出せば、誰もがひれ伏

 し尊敬の念で見上げる輝かしい経歴が間違いなくつく仕事を、今はあなただけが

 知っているという……」


「わかった、話しを聞こう」


「ありがとうございます」


一度、何かの因果応報で、政治家の話を聞く為のサクラにかり出されたことがある。


どうでもいい話しを、5分の持ち時間を無視して15分以上しゃべっていたが、さすがに会場がざわつき始めて、逃げるように立ち去っていった。


満席の会場で、自分の話に耳を傾ける聴衆ほど、いとおしいものはない。


「それ、本当の話なのか?」


 電話を切り、内閣府に向かって歩き始めた俺の後を、宮下がついてきた。


「お前はもう、帰ってもいいぞ」


「管轄官庁の審議官として、最後まで見届ける義務がある」


開発局から、中央合同庁舎、8号館まで、やっぱり歩いて3分。


近いって、最強の正義。


ちょろいもんだ。

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