第23話 GUESS!!

アポが取れていたので、あっさり内閣府中央合同庁舎8号館に入り、科学技術・イノベーション担当のお役人(下っ端)と会う。


通されたのは、実に密談談合にふさわしい、小さな会議室だった。


「どうも、高橋義広です」


差し出された名刺から始まる、セオリーに規則正しく則った名刺交換、こういうのは久しぶりだ。


理系の技術者集団では、めったにみられない光景で、俺は思わず泣きそうになる。


そうだ、俺がいたのは、こういう世界だった。


「で、お話というのは?」


俺は持参した資料を片手に、翔大の話を丁寧に説明した。


ついてきた文科省役人の宮下も、黙って聞いている。


「で、私にどうしろと?」


「ミサイルで撃ち落とすための、準備をしていただきたい」


彼は眉間にしわをよせ、片手で額を抑えるようにしてうつむいた。


「それは、防衛省と交渉しなくてはならないのでは?」


「まぁ、そういうことです」


「無茶ですね、あそこは普通の官庁じゃありませんよ」


「しかし、それしか方法がありません」


黒髪に、真っ黒なスーツ。七三になでつけた髪が、細身の体によく似合う。


ため息交じりに取り上げた資料を片手に、彼は組んだ足をぶらぶらさせながら、何かを考え込んでいる。


まぁ、普通に考えて、面倒くさいよな。


「これ、失敗したらどうなります? 関わらない方が、無難じゃないですか?」


高橋氏の言葉に、宮下も賛同する。


「一か八かの賭けですよね、当たれば美味しいですけど、外したら大変なことになる」


そこは文民統制、高級官僚は、絶対に実務をやらない。


「ミサイル撃つの、俺らじゃありませんから」


その言葉に、二人はふーっと息を吐き出す。


「まぁ、そう言われればそうなんだけどね」


「計画の審議、評価を下して、GOサインを出すものの立場としては、不確定な計画に、賛同するわけにはいかない」


「ちゃんとした実行計画を立てろっていう、命令書をこっちから先に出せばいいんですよ」


俺の言葉に、二人はようやく耳を傾ける気になったらしい。


「翔大が来ているという報告は受け取った、破壊措置命令を下すから、ちゃんとやれって。成功するようにちゃんとやれって言ったのに、やらない、やれなかったのは、お前らのせい」


「なるほど。でもそれだと、君側のリスクが高くなるんじゃないんですか?」


内閣府官僚の高橋氏は、実に高級官僚らしい意地悪な笑みを浮かべる。


「そんなハイリスクな選択をするような提案を、簡単に受け入れるような人間は、僕は信用出来ないけどな。どうしてそんな案件を持ってくる? 自分たちで処分出来ないからでしょう?」


「そうですよね、間違いなく成功する安全な案件なら、のっかりますけど、あまりにもハイリスクハイリターンでは、冒険に値するかどうかなんて、人生を賭けてなんて、出来ませんよ」


高橋氏は笑う。


「絶対儲かる、損はさせません。それは、相手に損をさせることで、自分たちが儲けるから。よくある詐欺師の手口だ」


彼に同調して、宮下も笑った。


まぁ、当然そう思うだろうな、俺だって、そんな冒険はゴメンだ。


「当たり前ですよ、そんなこと、するわけないじゃないですか。僕は今、確かにアースガード研究センター所属になっていますけど、元は外務省所属の官僚ですよ」


俺のお守り、心の支え、外務省の職員証を見せる。


「有効期限、切れてますけど」


ほほぉ~と、二人は感心したようにその職員証を見た。


「なるほど、危ない橋は、渡らないタイプなのですね」


「もちろんです」


「分かりました。それなら信用しましょう」


高橋氏の言葉に、宮下もうなずく。


「本当に、大丈夫なんでしょうね?」


二人の冷ややかな目が、静かに俺の体温を静かに下げていく。


「僕は、自分でヘタなリスクを負うような人間じゃありませんよ。勝算のない試合は、初めからやらないタイプです。あなたたちも得意でしょ? ノーリスクハイリターンな作文を書くのって」


「まあね」


高橋氏は、翔大の資料を机上に投げ捨てた。


「センターの連中は、そういうことを考えてませんよ。とにかく、実験や研究のことしか頭になくて、他に目の回らない連中です。


こちらに都合よく動かすことなんて、簡単ですよ。読解力もなければ、コミュニケーション能力も低い。同じ所をぐるぐる回ってて、前に進もうという気持ちがない。


自分たちの立場を、明確に言語化できない連中が、我々の創作作文に、太刀打ち出来るわけがない」


「理系バカってやつか。コントロール、可能ですか?」


「中を知ってる僕が言うんです。僕がリスクを負うと思います? 負わずにやってみせますよ」


「分かりました。そこまで言うなら協力しましょう」


高橋氏が立ち上がり、手を差し出した。


俺はそれをしっかりと握りしめる。


宮下氏とも、同様に握手を交わして、霞ヶ関を後にした。


これでもう、大丈夫。


すっかり日の暮れた官庁街は、ここが都会の真ん中かと疑うくらい、人気がない。


俺は、スマホを取りだした。


「もしもし?」


「何の用?」


電話に出たのは、香奈さんだった。


「栗原さんはいますか?」


「今は寝てる。もう少し、寝かせてあげて」


秋口の空は冷たくて、俺の手と声が震えているのは、この妙な北風のせいだ。


「俺、今日、いっぱい嘘をつきました。嘘をたくさん吐いたんでけど、こんなことが言えるのは、安心して立てる足場があるからなんです」


電話口の彼女は、ただ『うん』とだけ言った。


「だから、俺がたくさん嘘をついても、平気なんですよ。知ってました?」


「そんなの、知るわけないじゃない」


笑えるよな、これだから、正直な連中は嫌いなんだ。


「栗原さんに、よろしくお伝えください。体を大切に、無理をしないでって。僕は今日は、このまま家に帰ります」


「お疲れさま」


「お疲れさまでした」


体は寒くて震えているけど、頬だけは火照ってすごく熱い。


久しぶりだよな、こういうのもさ。

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