第19話 俺の役目

ぐだぐだ考えるのは性に合わないタイプなので、戻って来た。


「おはようございます」


普通に電車乗って、改札くぐって、まだ捨ててなかった社員証を手に、スーツ姿でデスクに座る。


「ちょ、なんなのいきなり!」


久しぶりに見た香奈先輩は、まったく変わってなかった。


「まだ辞表出してなかったので、セーフですよね」


「はぁ? 今のうちは、あんたの辞表どころの騒ぎじゃないからね!」


古くさいパソコンを立ち上げる。


暗証番号も社員番号も、そのままだ。


「この間の2週間の休みには、全部有給使ってください」


「厚かましいにも、程ってのがあるでしょうが!!」


「えぇ、知ってます」


香奈さんは、相変わらずちっこくて可愛らしい。


「だけど、これが俺の得意技ですから」


そのせっかくの可愛らしいお顔が、変な方向に引きつった。


「いじめてやる! お前みたいなヤツには、社会的制裁が必要だ! 嫌われろ、徹底的に嫌がらせをしてやるからな!」


「そんなの怖がってたら、戻ってなんて来ませんよ」


俺は立ち上がって、鴨志田センター長の前に立つ。


「申し訳ありませんでした」


お辞儀の角度は90度。5秒待ってから頭を上げる。


心からの謝罪のしるし。


「お帰り、君の帰りを待っていたよ」


やっぱり出来る人間は違う。


分かる人間にはちゃんと分かるんだよ、俺の価値が。


「いいんですか!? こんなの、簡単に許しちゃって、いいんですか!」


「三島くん、我々には、そんなことを言っている余裕はないんだよ。僕だって、まさか本当に、こんな切羽詰まった形で杉山くんを頼ることになるとは、思ってもいなかったけれどね」


会社に余分な人材は必要ないというのなら、俺は必要だし、その価値をもって採用されているはずだ。


「これからが、君の本当の出番だよ」


鴨志田さんが、手を差し出した。


俺は、迷うことなく彼の手を握りしめる。


力強く。


「翔大のタイムリミットは、どこまで迫っていますか?」


「栗原くんの計算に狂いはない。2年半後の夏だ」


「もっと具体的に」


「7月から、9月の間にまで絞られてきた」


あんなにかっこよかった栗原さんが、今や無精ひげのくたびれた姿にやつれ果てている。


だから俺は、ビシッと身なりを整えて、これから戦いに行くと決めたんだ。


「衝突方式の採用にあたって、各国政府との交渉は進んでいますか?」


センター長が、にやりと笑った。


「全くもって進んでない。あいつらは、今ここに至っても、事の重要性に、まったく気づいていない」


「本当に全く進んでいないんですか?」


「完膚なきまでに、進んでない」


この人は今度は、呆れたように手の平を上に向ける。


「分かりました。僕は、どこに行けばいいですかね」


「それを考えるのが、君の役目だ」


そうなんだろうな、きっとそうだったんだって、ヒマな時間をもてあまして、色々と考えていた。


たまにはそんな時間も、人生には必要だ。


翔大はやってくる。


それをミサイルで迎え撃つ方針は、決まった。


それで、どうする? 


「作戦を立てましょう。まずは、具体的なアイデアを出すことが必要です」


俺は、栗原さんの、パソコンにかじりついたままの背中を見た。


「翔大迎撃作戦は、どうお考えですか?」


彼は、ずっと自分の中で温めていたであろうアイデアを語り出す。


「一発で命中させるのは、難しいことではない。けれども、それで地上への被害が免れるかというと、それは難しい」


「どうすれば?」


「できるだけ地球から遠い位置で、どれくらい粉砕できるかだ。ショウターの形はいびつで、その構造上、衝撃に弱い角度がある。そこへ効果的に何度かミサイルを撃ち込み、爆発させれば、俺の計算では、4つには割れるはずだ」


「翔大を、4つに割るんですか?」


「観察を続けていて、気づいたことがある」


栗原さんは、翔大の画像を取りだした。


「ショウターは、その形状、体積から比較して、本来ならもっと密度が高く、重い地球近傍小惑星、NEOであっていいはずなのに、通常想定されるNEOの、約半分程度の密度しかない」


「すかすかってことですか? 軽石みたいな?」


「NEOがどうやって形成されたか、その過程によっては、軽石状である場合もある。しかし、今回のこのショウターの場合は、あくまで外見上からの観察結果からみた、想像でしかないのだけれども……」


栗原さんは、ごくりとつばを飲み込んだ。


「内部が空洞というより、ひび割れだらけという可能性がある」


「ひび割れ? じゃあ翔大は、傷だらけで瀕死の状態ってこと?」


「あくまで可能性だが、かなりの満身創痍で、かろうじて現在の形状を保っている可能性が高い」


「じゃあ、うまく爆弾を打ち込めば……」


「4つに割れる!」


栗原さんの目は、多分いま、この世の誰よりも熱く燃えている。


その意見に、鴨志田さんもうなずいた。


「分かりました。四つ割れ推しでいきましょう」


俺は、翔大の衛星画像を鞄に押し込んだ。


それだけ確認できれば、あとは俺が何とかする。


「では、行ってまいります。困ったことがあったら、すぐに電話します」


「どこに行くのよ」


センターを出ようとした俺の背中に、香奈さんが声をかけた。


「文部科学省です」


うちの管轄は、そこ。とりあえず、行ってみる。


まずは、ここからだ。

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