第18話 仕事、辞めました
というわけで、俺は国際ユニオン宇宙防衛局日本支部、アースガード研究センターを辞めてきた。
辞表は後で送る。
そんなもん、書くのうっとうしい。
なんで辞めるのに、わざわざそんな『辞めてもいいですか』的な文章を書かなくちゃいけないんだ、面倒くさい。
俺に散々迷惑をかけておいたくせに、最後の最後まで面倒な文書を書かせるなんて、何様のつもりだ。
俺をクビにしたいなら、お前が勝手にクビにしろ。
俺には何の未練もない。
辞めた人間にまで、手間をかけさせるなよ。
どうせ形式的な定型文で済ませるんだろ?
そんなところに重要性を見出してありがたがってるなんて、どんだけ化石脳なんだよ、時代に合わせてお前らが進化しとけ。
辞めるって言って、行ってないんだから、それくらい察しろよ。
お前らの得意技だろ? その場の空気を察するのってさぁ!
てゆーか、俺は気づいてしまった。
今から2年半後、巨大隕石、shortarこと、翔大の落下によって、人類は滅亡する。
2年半だ。
残りの人生、俺は全てを仕事に費やしていていいのか?
他に、したいこととか、しなきゃいけないことが、あるような気がしたんだ。
だから、仕事を辞めてきた。
しかし、いざやめて、こうやって部屋に寝転がって天井を眺めていても、自分が何をしたかったのか、よく分からないから不思議だ。
銀行強盗? 女湯を覗きに行く?
そんな話しは、楽しい妄想としてはアリでも、いざ自分がリアルにその立場になってみれば、どこの銀行を襲うのか、調べる気力も湧いてこない。
よくある『死ぬまでにやりたいことリスト』の中には、どうも犯罪系は、入ってこないみたいだ。今さらそんなこと言われても、やる気になんてならない。
かといって、有り金はたいて豪遊しようかって、そういうわけにもいかない。
貯金は、ないわけじゃないが、2年半も遊んで暮らせるほどの金はない。
せいぜい一週間の旅行代金ぐらいだ。
それだって、どこのホテルを選ぶかとかで、色々だし……。
改めて、真面目に考えてみる。
食べたいおやつはいつでも買って食べてるし、正直言って、そんなに飲み食いに興味があるわけでもない。
布団とあったかい部屋さえあれば、文句はない。
彼女は……ほしいけど、誰でもいいわけじゃないし、やっぱりお互いに愛が必要だと思うから、そんないきなり出来るもんでもないし、そんな簡単な彼女なら、むしろ逆にほしくないくらいだし……。
そうだ、久しぶりに、実家に帰って、親の顔でも見ておこうかな。
と、いうわけで、実家に帰ってみた。
「おかえり、どうしたの急に」
母は、にこにこ笑って出迎えてくれる。
「お前の勤めてた会社って、アース何とかだったよなぁ、でも、殺虫剤の会社じゃないんだろ?」
父の、1文字たりともブレない、帰ってくる度に毎回繰り出す渾身のつもりのギャグを、初めて聞くかのように受け流す。
俺の好物の母オリジナル謎すきやき風鍋を食べて、俺の思いついた、やりたかったことは終わってしまった。
あんなに毎日が辛くてたまらないと思っていたのに、辞めたら今度はヒマすぎて死にそう。
さすがにこの歳にもなると、知り合いや同級生もみんな何かしら働いていて、『帰ってきた』と連絡をいれても、忙しくて誰も相手にしてくれない。
せいぜい電話で数十分、思い出話しをして終了。
『会いたい』と言っても、なんだかんだで避けられてる気がする。
リストラされたわけではないし、どっちかというと、俺の方から職場をリストラしてやったのだが。
まぁ、突然連絡してくる昔の友達って、会うのも怖いよな。
たかられそうとか、困った相談して来られそうとか、そんなこと思うんだろうな。
いきなり超重い不幸な話ししてきて、同情求められても、こっちが鬱になりそうだしな。
どうやったって、ずっと一緒にいることなんて、出来ないのに。
そうやって一緒にいようと思うと、友達より家族っていう選択肢になっちゃうのかな。
多分、それが普通だし当たり前なんだろうけど、ちょっとさみしいな。
学校じゃないから、ずっと一緒にいる仲間っていったら……。
何のために働いてるんだろう。仕事ってなんだ。
俺には養わないといけない家族もないし、自分が生きて行く為の金だけだったら、正直なんとでもなりそうな気がする。
フリーターに憧れた時期もあったけど、現実がそんなに甘くないことも知ってる。
だから、働いてるんだけど……。
働いていることが大事なのか? 仕事が生きがい?
仕事が生きがいだなんて、微塵も考えたことなかったけど、やっぱ家族のために働くのか?
けどなー『俺は家族のために働いてやってんだ!』って言っちゃうようなオヤジにはなりたくないしなー。
そうやって家族にマウンティングしてくるくらい仕事がストレスなら、辞めちまえよ、頼んでねーよ。
つーか結局離婚して一人になったって、同じ職場で同じ仕事続けたりしてるだろ。
どんな種類の人間にだって、生活と家族はあるんだし。
それに、じゃあ独身者は、何のために働いてるんだってことになる……
いやいや、ちょっと待て。
俺は結婚したくて仕事をやめたんじゃないし、つーか結婚したいなら仕事辞めちゃダメだろ。
ここで、『人間は緩やかな死に向かって生きている』なんてゆー、どっかの哲学者の言葉を引っ張り出してきて、語り始めちゃうくらい、俺はまだ病んではないし、社会ガーとか言うほど、頭も狂ってないし……。
つーか、もっと大事なことに気がついた。
こんな事をうだうだ考えたって、2年半後に俺は生きてないし、この世の中も、現状維持のまま、残ってなくね?
文明崩壊、環境破壊、阿鼻叫喚の地獄絵図の未来しか、残ってなくね?
あの薄汚い、狭苦しい空間で、ずっと翔大の観測データを眺め続けていた栗原さんたちの姿が、突然頭を横切った。
もうすぐ死ぬって、誰よりも一番よく分かってる人たちなのに、なんでまだあんな無駄な努力を続けてるんだろう。
バカみたいだ。
そんなことばかり考えていると、今ここで、何もない平和な夕暮れの中に一人立っている自分が、本当に情けなくなってくる。
俺は一体、なんのために仕事を辞めたんだ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます