第16話 時よ止まれ
たとえこの俺が世界よ止まれ、時よ止まれと叫んだところで、その日はやって来る。
2年半後の夏、地球に落ちてくる小惑星、2018 NSKことshortar、翔大の対策会議が始まった。
「今こそ、スロープッシュ方式を現実のものに!」
スロープッシュ方式とは、翔大の近くに、でっかい人工衛星を打ち上げて、翔大とその衛星との間に生まれる引力から、翔大の軌道をそらすというやり方だ。
つまり、万有引力頼み、ニュートンもびっくりだ。
「そんな衛星、今からどうやって建造するんだ、その方法をお聞かせ願いたい!」
引力の大きさは、物質の質量に比例し、その距離からの2乗に反比例する。
ケプラーの法則、高校物理だ。
つまり、翔大の軌道を動かそうと思うなら、それなりの超巨大宇宙船を作らなきゃらなんということだ。
その大きさ?
誰か計算できたら教えてくれ、俺のキャパは越えている。
「そんな非現実的な話し、今さら間に合いませんよ、どうやって作るんですか」
たとえ、そんな翔大の心をも動かすビッグな宇宙船をつかって誘引しようとしても、軌道をずらすのに、50年とか100年単位の時間が必要らしい。
落ちてくるのは2年半後、ムリだな。
だからって、いつやって来るのか分からない翔大並の小惑星のために、事前に準備しておけってのも厳しい話しだ。
人間、どんな人種でもシメキリが近づかないと動かないのは、万物共通らしい。
「以前NASAが提案していた、特殊塗料方式は?」
これは、翔大に無人の探査機を飛ばして、表面に特殊塗料を吹きつけ、軌道を変えようというやり方だ。
塗料を翔大に吹き付けることによって、太陽によって温められた部分が影に隠れると、冷えが始まって熱が発散される。
その時の熱吸収率の変化で、軌道を変えようという驚きのアイデアらしいのだが、何のことだか、俺にはさっぱり意味が分からない。
熱伝導の力を利用して軌道を変えようってことか?
熱伝導、ステファン・ボルツマンの法則からの熱貫流による効果を狙ったのか、伝熱工学なのか、それとも、キルヒホッフの法則を利用した、熱反射の反射パワーを利用したものなんだろうか。
どっちにしろ、俺にはよく分からんので、もっと賢い人間に聞いてくれ。
世の中には、自分より賢い人間が、想像以上にたくさんいるもんだ。
ちなみに俺は、そのことをさっき知ったばかりだ。
物理の授業中、寝ないで真面目に聞いておけばよかった。
こんなところで、理科の実験や数学が、役に立ってるんだぞ。
誰だ、数学なんて、人生でなんの役にも立たないとか言ってたヤツ。
十分役に立ってるじゃないか、しかも必要不可欠じゃないか。
人類を救うには、数学が必要だったんだ。知らなかった。
だから俺たちは、いつまでたってもヒーローにはなれなかったんだ。
人類を救うのは、剣ではなく数学だった。
そんな大事な秘密を、俺はようやく目の当たりにしたよ。
しかし、このよく理屈の分からない賢いやり方も、10年単位の時間を要するらしい。
賢人は一日にして為らず。
ニワカじゃダメなのは、どこの世界でも、やっぱり同じだ。
「じゃあ、どうするんですか!!」
「なにせ時間がない、衝突方式を、真剣に考えるべきだ」
衝突方式、これが一番分かりやすい。
要するに、ロケットやミサイル、人工衛星をぶつけて、力業で軌道を変えようというやり方だ。
単純明快なやり方こそ、一番効率的で、即効性がある。
しかし、このやり方にしても、問題はないわけじゃない。
実は大いに問題がある。
直径約300m、密度1570kg/㎥の岩石をぶっ飛ばすには、いったいどれくらいの威力が必要なのか。
核爆弾? 打ち上げに失敗したらどうする?
もし成功しても、空から大量の放射線が降ってくるぞ。
非核弾頭で迎撃したにしても、割れた破片が空から地上へと降りそそぐ。
計算してみろ、巨大パワーをコントロールする、数学の想像力を見せてやれ。
どれくらいの威力で、どの角度で打ち込めばいいのか、秒速20kmで現在もノンストップでやってくる翔大を相手に、どうやって戦う?
「要するに、手立てがないってことですか?」
会議を隣で聞いていた香奈先輩に話しかけてみたけれど、彼女から返事は返ってこなかった。
もし、翔大が地上に落下した場合、広島に落とされた原子爆弾の約10億倍のパワーがあると想像されている。
発生する地震の規模はマグニチュード11以上、海に落ちれば、津波は高さ約300メートル、出来るクレーターの直径は180kmという予測だ。
とあるイギリスの研究チームが算出した資料によると、
この時発生する地震での死傷者の数は全体の約1%未満、
衝撃での臓器破裂で死亡する割合が約5%、
津波での死傷者が全体の約20%、
熱で焼かれるのが約30%、
そして死傷者の原因、No1は、隕石衝突の時に発生した衝撃波、
つまり強風によって吹き飛ばされて死傷する割合が、
死傷者全体の約45%になるという。
「それって、人類滅亡の危機ってことですか?」
「まだ、決まったわけじゃないから」
決まったわけじゃないって、決まってるじゃないか。
翔大は確実にやってくる。2年半後の夏。
その時に発生する災害を何とか回避しようとして、こうやってマジで世界中の学者が集まって話しあってんだろ?
会議は紛糾、天文学者だけじゃなくって、この中には各国政府の要人や、軍の関係者も混じってただなんて、こんなところで話し合ってる場合か、どうするんだ、どうするんだよ、翔大!
深夜になっても終わらない会場を後にして、俺は夜空を見上げた。
満天の星空なんて、一度も見たことがない。
都会の空は、やっぱり人工の灯りでまぶしくて、星なんか見えても一つか二つだ。
その名前すらも、俺は知らない。
翔大、でもお前は、この闇のなかに、確実に存在しているんだよな。
どうしよう、時よ止まれ。
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