第8話 ホウレンソウ

消えたメールの復元は、どう考えても不可能だ。


ネットで検索しまくって、「受信トレイ修復ツール」なるものを散々試してみたが、どれもこれも、一度完全に削除してしまったものを、復元させるには至らない。


専門業者も考えてみたが、復元率がどれも96%だとか98%だとか、完璧をうたった業者は存在しないし、どれもこれも高額な費用を要求される。


しかも、ネットの口コミをみていると、復元出来なかったうえに、請求額が20万円? 


ありえない、そんな非人道的なことが、どうして出来るんだ。


成功してからの報酬だろ? 手数料? これが社会と仕事の仕組み? 


俺にはカンケーねぇ。


出来るのか出来ないのか、そこだけが問題だ。


しかも、社内のパソコンは、今どき時代遅れな設置型だし、基本的に、情報内容の持ち出しは禁止されている。


そんなことは当たり前だって? そうだよな。


メーラーだけをUSBにコピーして復元出来ないかと掛け合ってみたけれども、バックアップはとれるけど、復元はムリとしか返事が返ってこない。


俺はバックアップの取り方の話しをしているんじゃない、復元の仕方を聞いているんだ!


ん? だが、待てよ、と、いうことは、もしかしたら、センター全体で共有するクラウド的なもので、データが残っているかもしれない。


そうだ、それを探してみよう。


データのバックアップを取るのって、基本中の基本だろ? 


それが世界を揺るがすような重要案件なら、なおさらだ。


「あの、すいません」


「どうした?」


俺はここで、あえて香奈先輩ではなく、栗原さんに声をかけてみた。


こういう場合、男同士の方が、話しが分かりやすい、多分、根拠はない。


「あの、このセンターって、データのバックアップって、取ってるんですか?」


「うん、バックアップっていうか、観測データはイタリアの本部に送って、そこで世界中の軌道データの確認をしているよ」


「じゃあ、イタリアに、バックアップデータがあるってことですか?」


「うーん、観測データが見たいなら、うちからでも、検索できるけど……」


彼の目が、俺を見上げる。


「なにか、気になることでもあった?」


「いえ、そういうわけでもないんですが」


なんて言おう、どう言おう。


どういう言い方をすれば、この事態がうまく彼に伝わるのだろうか。


「世界に数ある自然災害の中で、人為的なミスで起こるものって、どれくらいあるんでしょうかね」


「自然災害ってことだけで、人為的なミスはありえないけどね」


「え? それは、どういうことですか?」


「自然災害だから」


自然の驚異という理由があれば、個人の過失は問われないということなんだろうか。


「人為的な要因がそこに入り込むならば、それはもう自然災害とは言わないよね、言えないよね」


人為的な要因……。彼は、にっこりと笑った。


「それはもう、個人の責任だ」


「個人の、責任」


「だって、過失も犯罪だ。故意であっても、故意でなくても」


はんざい……。犯罪になってしまうのか?


「ま、よほどの事でもない限り、個人の過失が、災害レベルの被害を起こすことは、ありえないけどね」


「そーですよねぇ!」


「そーだよなぁ」


「あはははは」


違う、俺が聞きたかったのは、そんなことじゃない。


救いを求めて行ったはずなのに、さらに追い込まれてどうするんだ。


だがよく考えてみれば、隕石の落下は自然災害であって、人災じゃないよな。


ということは、俺のミスは、ミスであってミスでない、俺がどうであろうと、隕石はやってくる。


えーっと、違うよな、さしあたっての今の問題は、そこじゃない。


「えーっと、そうではなくて」


何も知らない無邪気な目が、俺を見上げる。


どうして俺がこんなにも焦っているのに、それがこいつらには分からないんだろう。


バレても困るけど。


「なんだ、どうした。杉山、テメーもしかして、早速なにか、やらかしたんじゃないだろうな」


「この俺が、何かやらかすとでも、思いますか?」


そんなことは、ありえない、絶対にありえない、俺がミスするなんて、この世で起こりっこない。


「まぁ、どうでもいいけど」


彼女はそう言って、マグカップの紅茶をすする。


「もし、何か困ったこととか、やらかしたことがあれば、腹くくって、さっさと報告するんだぞ。それが身のためだぞ」


「そんなの、分かってますよ」


分かってるよ、分かってるから、こうしてここに立って、あんたを見下ろしてるんだ。


その合図に、どうして気づいてくれないんだろう。


報連相なんて、あったもんじゃない。


「分かってるんなら、さっさと仕事しろ」


「はい」


俺は、素直に自分の席に戻る。


どうしよう、本気で困った。


イタリア語? そんなの話せねーよ。


話せたところで、どうやって伝えていいのか分からないけど。


now is the timeで、地球に接近中の隕石の中に、衝突の可能性があるものが発見された。


その隕石の、正確な軌道を計算するために、アメリカ空軍から連絡があり、詳細なデータを求められている。


NASAからも催促があったということは、アメリカの支部では、本格的な調査が始まっているということになる。


世界各国に観測拠点があるなかで、日本の支部に情報提供を求めるってことは、どういうことだ? 


日本のデータが必要ってこと? 


イタリアの本部が、データ解析を行っているなら、イタリアに聞けばいい話しじゃないか。


そもそも、制空権の問題から、宇宙観測にかんするデータは、アメリカ軍が握っている。


なんだかんだで、アメリカなしでは、考えられない。


宇宙に飛んでいる、地球近辺の小惑星の数は、60万、そのうち、衝突の可能性のあるものは、およそ1万6千個。


その全ての惑星軌道は、国際天文学連合で、管理されている。


もし、本気で聞きたいことがあるのなら、そっちに聞けばいいことだ、間違いなく、うちじゃない。それとも……。


もし、俺がこのまま黙っていたら、世界はどうなってしまうんだろうか?

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