第七話 「始まりの街 Ⅶ」



俺は、居ても立っても居られず、ギルドを飛び出した。

未だ、魔力地震ウェザークエイクが起こっており、前線からかなり離れた場所でさえ戦闘の激しさを物語っている。

街の道中に聳え立っていた木は、一瞬で折れ道に気力無く横たわっていた。


だから、嫌と言ったんだ。こんな、世界……。


俺は心の片隅で、そう呟いた――。

全力で只々全力で、この街から俺は逃げる。


何とでも言え。クズでもゴミでもいくら罵ったって構わない、だが俺は自分の命を守る為に逃げる。

街の門から出るとそこは――『地獄』。

門兵の死体が転がっており、腕、頭部、足が無い……。

まるで、何者かが噛み千切ったかの様に


「うわあああああ!!」


門兵の隣で横たわっている一人の少女――輝く金髪を地に付け、碧眼の瞳を閉じている。


そう、マリア。


「おい……嘘だろ……返事をしろ!! いつも見たいに、ふざけてんだろ?」

「――――」


マリアからの反応は無い。

俺は眉間にしわを寄せ、凄まじい形相で涙を目尻から流し――そして、小さく呟いた。


「俺が、必ず……絶対に何としてでも魔王を討伐する……」


それは、儚く散った少女の前で――弱々しい姿を見せまいと、男が決断した最後の勇しであった。

そして、再び魔力地震ウェザークエイクが起こる。緑の大草原を揺らし、草木を根絶やしにする程の魔力――……。


「あっれェ~。まーだ、生き残ってんのォ~? はぁ~だりィ~たっく、魔王さまもなんでこんな、雑魚しかい無い街なんてェ~攻めるのかなァ?」


――突如、今まで聞いた事も無い冷たく気力の籠っていない声が、俺の脳内に響き渡る。

振り向くと、そこには漆黒の翼を広げて悠々と空を飛んでいるドラゴンに乗り、頬を杖を突きながらあからさまに気怠るそうな表情を浮かべている少女がこちらを眺めていた。


「お、お前は……?」

「んー? 僕? 僕は、ねぇーアルバイトの魔王軍幹部かな?」

「魔王軍幹部……? アルバイト?」

「んーそだよ。アルバイトのアルレナだよ」


待て待て待て、アルバイトの魔王軍幹部?

聞いた事も無い……魔王軍幹部がアルバイトなんて……。


「ねェ。君……」


俺は、左手に木の棒を持ちいつでも戦える体制を整え、そしてゆっくりと口を開いた。


「な、なんだ……?」

「僕と結婚してよ……」


どうしてだろう……なんか、俺。

魔王軍幹部の少女にプロポーズされたんだけど……。

そして、俺の脳内に考えられない程の疑問が生まれ、現状をよく理解出来なくなった。


「はあああああァァァァ―――ッ!? 」


果てなく続くだだっ広い草原に、俺の心の底から発した叫びが響く――。

何を言い出すかと思ったが、まさかプロポーズだなんて考えても居なかった。

と言うか、普通の人間ならこんな事思いつく筈も無い。


「どうしたァ? いきなり、大声なんか出してェ?」


アルレナは、声こそは気力が入って無いが、先程とは打って変わり目が光り輝いている。

おお、落ち着け……山本 ユウタ……

こいつは、マリアと他の冒険者を皆殺しにした魔王軍幹部だぞ……

そう、自らの心に言い聞かせ二次元オタク&ヒキニートは平常心を保つ。


「うぅ……」


後方から、小さく弱々しい少女の声が微かに聞こえて来きた。

俺は、瞬時に声が漏れた方に目を向けるとそこには、寝起きのバカ顔をしながら目を擦っているマリアがボーっとしながら俺を眺めている。


え……?


「マ、マリアが生き返った……」

「う、うぅ……ユ、ユウタ……?」

「ああ!! そうだ!! ヒキニートのユウタだ!! しっかりしろ、今ヒーラーの所まで連れて行くからな!! 」

「うん……ユウタ……ありが――……」


小さく――まるで、強い強風に煽られ消えかかっているロウソクの灯火かの様にマリア小さく呟き再び意識を失った。

――それに対し、アルレナは恋敵でも似るかの様な目でマリアを睨んでいる。


「ねェ、その女……だれ?」

「え、えーと。俺の大切な仲間だ」

「ふーん。そうなんだァ……死ねばいいのに」


おい。


今何か、聞き捨てならない発言を聞いたような気がするんだけど……。

まあ、この際どうだっていい。早くマリアをヒーラーの所に連れて行かなければ


「じゃ、じゃあ。俺らはここで……」


マリアを背中に担ぎ俺は、逃げる様に走り出す。


「ねェ。待ってよ、その女強い魔法掛けられてるよォ?」

「は? どんな、魔法だよ」

「えーと……『死の魔法』だねェ、あと。一時間もしないで死ぬと思うよ?」

「は、はああァァ―――ッ!? ど、どう言う事だよ!! 」

「だーかーらァ。その子、死ぬんだって」

「嘘……だろ……あり得ない、どうして……?」

「んー? 私が、その子に死の魔法を掛けたからだねぇ」


コイツ、今何つった?私が死の魔法を掛けただと……?

俺は、クシャクシャになる程、顔を拒め凄まじい形相で、透かした顔をしているアルレナを激しく睨む。

それに対して、アルレナは不意に不敵な笑みを浮かべた後、ゆっくりと口を開いた。


「それじゃァー私にキスしてくれたら〜死の魔法解除してあげよう」

「お、お前! 何言ってんだ! 」

「あっれーいいのぉーもう少しで、死んじゃうぉ」


――そう言いながら、アルレナは黒龍から身軽に降りて俺の目の前に立ち、甘い唇を俺に差し出す。

その姿は、魔王軍幹部とは思えない程、美しく綺麗であった。


「はーやくー」

「おいおいいいい!! ちょ、ちょっと待て!! 何で、俺なんだ? イケメンだっていっぱいいるだろう!!」

「うん。いるねぇ〜でも、やっぱり。ユウタが一番だよ?」


なんか、チャッカリ名前で呼んでいるぞ……


「だって、お前と俺会ったの始めてだぞ!! しかも、お前は魔王軍幹部だ!!」

「安心してぇ〜恋に敵味方は関係無いわ!!」


いや、大有りだろ!! 魔王軍幹部と恋に落ちた話なんて、聞いたこともない……。

ふざけた話にも、程がある。


「いやいやいやいや!! 関係あるだろう!!」

「いいぇー!! 断じてないわー!!」

「断じてないだぁ!? ふざけんなよ!?」

「もぅーいつ私が、ふざけたのぉ」


どうやら、アルレナは本気で話していたらしい。


「ほらぁー早くしないとぉー死んじゃうよぉ」

「あああああ!! もう!!」


そして俺は一瞬だけ、桃色の輝く唇に自らの唇を口付けした。

一応言っておく、人生始めてのキスである。

魔王軍幹部アルレナは、先程まで感情があるのか無いのか分からない程の真顔だったが、これに関しては顔を赤面にしおどおどしている。


――空を見上げる。 葵くまるで、浮かんでいる海の様に雲一つなく葵い空。

俺は、そんな空を見上げて未だ覚えている唇の感覚を忘れまいと脳内に急いでインプットする。

そして、ある事を小さく呟いた――。


「なんで……なんで、人生初キスが魔王軍幹部なんだ……?」













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