第10話 何時しか僕らの日常に

 時間が過ぎるのはあっという間だ。

 気付けば入学式から二週間が経ち、毎日の退屈な授業や一ノ瀬たち四人で食べる昼食、五十嵐と二人で歩く帰り道が、自分の生活の一部になってきていた。



 今は古文の授業を聞きながら睡魔と戦っている。国語の授業を担当する平沢先生の声が子守唄のように響く。普段は物腰柔らかで人気のおじいちゃん先生だが、その優しい喋りや声で授業をされると眠くて仕方がない。

 ただでさえ、春の暖かさが眠気を誘ってくるのに。


「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて……」


 方丈記の冒頭が聞こえてくる。方丈記は良いな、好きだ。

 言葉の選びや表現が綺麗だし、何と言っても作品から溢れ出る無常観が良い。

 

 

 あっという間に時間は過ぎ、授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。それは同時に、午前中の内容が終わるチャイムだ。

 もう昼休み。席を立ち学食へと向かう人、外で食べるのだろうか弁当を持って教室を出ていく人の波をゆっくり眺める。その波に乗らない僕は、いつものように鞄から昼食を取り出し、机に並べる。今日はパンと野菜ジュース。

 一ノ瀬が僕の前にある、人のいなくなった椅子に座り、向かい合うように僕の机の上に弁当を広げる。僕の隣、五十嵐の席では同じように、一條が向かい合い座っている。

 すでに習慣のようになった四人での昼食。机をくっつける様なことはせず、僕と五十嵐の机の間は離したまま、通路に足を伸ばしゆっくりとくつろぐ。

 パンを食べようと口を開けると、前に座る一ノ瀬が口を開く。


「そろそろゴールデンウィークだし、みんな暇か。どこか遊びに行かない」

「行くよ、行く。私は部活が無い日ならオーケーだよ。朱音ちゃんも一緒に遊ぼうよ」

「えぇ、良いわよ。確か、今のところ予定なかったかな」

「よし、二人とも行けるんだな。やったね。もちろん篠崎も遊ぶよな」

「ゴールデンウィークは暇だし良いよ。いつにするんだ。っていうか、お前は部活忙しくないのか」

「三日間くらいは休めるな。その休みが、美菜の部活の日と被らなければって思うんだけど」

「それなら大丈夫かな。部活は二日間しかないから」


 「ほら、ここだよ」と一條がパステルイエローの手帳を取り出し、スケジュールを確認する二人。その様子を野菜ジュースを飲みながら見つめる。

 確か、今年は五連休だったかな。学校が休みになれば九連休になるのだが、それは仕方がない。それにしても、いったいどこへ遊びに行く予定なんだろう。


「決まった、連休二日目で良いか? えっと、みどりの日だな」

「私はその日で大丈夫よ」

「僕も問題ないな。それでどこに行く予定なんだ」

「それなんだけど、美菜は憶えてるか? 皆で遊園地行きたいねって話したことがあっただろ」

「うん。そんなことあったね、憶えてるよ」

「だから遊園地にでも行かないか」


 一ノ瀬の提案に、僕らはそれぞれ賛同の意思を表す。遊園地か、久しぶりだな最後に行ったのは何年前だろう。


「じゃあ決まりだ。詳しいことはゆっくり決めていこうぜ」


 こうして空っぽだったゴールデンウィークの予定が一つだけ埋まった。

 あぁ、友達と遊園地なんて青春っぽいじゃないか。昼休みの終わる音が聞こえるまで、僕らは遊びに行く計画を立てていた。遠足の班決めをするような懐かしい楽しさがあった。あまり表には出ていなかったが、柄にもなくテンションが上がっていた気がする。

 バナナはおやつに入りますかってね。 

 しかしまだこの時は、空っぽだと思っていたゴールデンウィークが、大変な毎日になるとは思ってもいなかった。

 




 昼が過ぎ、午後の授業も無事終えた。いつも通り、僕と五十嵐は部活に行く一ノ瀬達が教室から出るのを見送ってから、帰り支度を始める。どちらが声を掛けるともなく、席を立ち玄関へと向かう。これがいつの間にか出来上がっていた、僕らの日常だ。

 帰宅途中、普段から感情を表に出さない五十嵐の表情が、少しだけ暗く見えたのが気になった。


「どうした、なんか悩みか」

「え、もしかして、そんなに悩んでいる顔をしてた」

「まあな。少しだけ表情が違ったからな」

「私をそんなに見ていたの。意外ね」

「別に見たくて見てるわけじゃないさ。隣にいるから嫌でも見えるんだよ」

「嫌々ね。……そんな状況で、心配され続けるのも嫌だから少し話すわ。今日、この後お母さんと出かけるんだけど、私をお母さんの友達に紹介したいんだって。それが憂鬱なのよ」

「なるほど。人見知りには辛いよな」


 そういえば今の話を聞いて思い出した。今日、母さんに早く帰ってこいって言われてたんだっけ。夕飯でも食べに行くのか、なにか話があるのか。色々と可能性を考え出していると五十嵐と同じように、ちょっと憂鬱な気分になる。


「篠崎君も憂鬱な顔をしてるわよ」

「そんな顔になってたか?」

「嫌でも目に入るから分かっちゃうのよ」

「そうか。まあ、憂鬱な理由はだいたい五十嵐と一緒だよ」

「お互い大変ね」

「そうだな」


 こうして今日も、並んで伸びる二人の影を追いながら帰宅をするのだった。

 

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