第6話 ピースサインの距離
拝啓 一ノ瀬様
貴方はいま、部活で汗を流しているのでしょうか。楽しんでいるのでしょうか。
僕はいま、入学初日にも関わらず、出会ったばかりの二人と一緒にプリクラをとっています。
「どうしてこうなったんだろうな」
時間は少し遡る。
結局、皆で抹茶アイスを食べた後、僕ら三人はゲームセンターに立ち寄った。
センターっていうか、ゲームコーナーか? そんな細かなことは隅っこに置いておこう。
まぁ要するに、そんなこんなでゲーセンに来たってこと。
それがこんな結末になるとは……。僕ら二人は知る由もなかったのだ。そう、僕と五十嵐の二人は。
ショッピングモールの一角、電子音が漏れ出す空間へ一歩近付くごとに、周りが騒音に包まれる。クレーンゲームやシューティングゲーム、レーシングゲームにリズムゲーム。聞こえてくる音で何の音かが分かるくらいには、僕はゲームが好きだ。
僕らはまず、入り口付近に並べられているクレーンゲームの筐体を、ウィンドウショッピング感覚で見て回った。
「うわぁ、このクッション可愛い! 朱音ちゃん、これ!」
「ほんとだ、可愛い。ねぇ、でも、こういうのって取るの難しいんじゃないの」
「そうなんだよー、いっつも途中で諦めちゃうんだよね」
二人が食いついてるのは、とある漫画に登場するネコのキャラクターのクッションだった。やる気のなさそうな目と、丸々と太った体型が可愛らしい。あれ、僕も欲しいな。
よし、やってみるか。
「ちょっとやってみようか」
財布から五百円玉を取り出し、出来るよオーラを全開に一歩踏み出す。
ここ数年で一番のドヤ顔だ。
「篠崎君、こういうの得意なの?」
「とく……うん、まあ、このゲーマーに任せな」
正直かなり苦手だ。最後に成功した記憶はどこにいったんだろうな……。
「あ、ダウト。紫苑君。その顔、ダウトだよ」
「ほら一條、静かに! 黙っていれば五十嵐は気付かないから」
「いや、気付くよ」
静かにツッコミをいれる五十嵐の声を無視し、お金を投入した。軽快な電子音と共にプレイ回数が『6』と表示される。チャンスは六回。それまでに、目的のクッションを手前に空いている落とし穴に落とせば成功だ。
呼吸を整え、まずは一回目、クッションの奥を持ち上げようとするもビクともせず失敗。その後もクッションの手前側を狙ったり、アームで押し出そうとしたりを繰り返しているうちに残りプレイ回数が一回になっていた。
どうしようか。
「全然動いてないね」
「こら朱音ちゃん、静かに! 黙ってれば紫苑君は気付かないんだよ」
「いや、気付くんだよな……」
呟くようにツッコミをいれている間に、ラストプレイも終わってしまった。
空を掴んだアームが虚しく僕の方へ帰ってくる。僕も後ろで見ている二人の方へ帰る。
「ふふ、やっぱり駄目だったねー」
「うん、やっぱり駄目だったわ」
いぇい、と一條とハイタッチをし笑う。雰囲気だけは、景品を取った感を出ている。うん、雰囲気だけはね。そんな僕らを、呆れたように笑いながら眺める五十嵐。
「篠崎君、下手だったね」
「まあね、好きと上手いは違うってやつよ。それに、僕はあっちのシューティングの方が得意だし」
「ゾンビとか撃つやつ?」
「そんな感じ。あそこのはテロリストとか虫とかを撃つんだけどね。一條は、ああいうゲームするの?」
「私は好きだよ! ストレス発散に最適だよねー」
「へー、ゾンビは嫌だけど、それなら出来そうかも」
「おっ、やろうよ朱音ちゃん」
ほら行こう、と奥にあるゲームのもとへ五十嵐を連れていく一條。そんな二人をゆっくり追いかける僕。一條にも五十嵐にも下手だったね、と言われた影響で足取りが重い。少しだけショックだったんだな。うん、少しだけさ。
歩きながら様子を見ていると、どうやら一條が銃型のコントローラの持ち方や、撃ち方を教えているらしい。両手で持つか片手で持つか、何度か試し撃ちしてるのが見える。
いつの間にか持ち方が決まったのか、ゲームが開始されていた。
「無理無理、よけられない!」
「体を動かしても駄目だよ!」
「えっ、えっ、弾切れ。弾切れ!」
「踏んでるレバーを離して!」
てきぱきと指示を出し正確に敵を撃ち続ける一條が、今日一日のイメージと違って面白い。あぁ、銃を持つと人が変わるタイプなんだな。
その一方で、物静かで冷静に見えた五十嵐が、焦って全く敵を狙えていない。あれは、どこ狙っているんだ? んー、流石に楽しめないと可哀そうだから、少しだけ手伝うか。
五十嵐の横に立ち、両手で抱えるように銃を持つ手を握る。
「狙いを付ける感覚はこんな感じ。腕をあまり大きく動かしちゃ駄目だよ」
「こ、こう? ……やった、当たった」
「うん、良い感じだな。感覚は掴めそうか」
「なんとか……また当たった!」
狙いが良くなった五十嵐から離れ、後ろから眺めることにした。
最初は心配だったが、意外と順調にステージをクリアしていく二人。余裕が出てきたのか、喋りながら撃ち続けている。いいな、楽しそう。
楽しそうな声を聞きながら、僕はさっき取り損ねたクッションに想いを馳せていた。結構、引きずるタイプなんだよな。どうしよう、もう一回やろうか。もう一回だけ……。
「あー、無理! この人数はキツいって!」
断末魔のような一條の声にふと現実に呼び戻される。気付けば二人の前にはゲームオーバーの文字が浮かんでいた。
「コンティニューするのか?」
「はは、無理無理。騒いで疲れちゃったから私はもういいかなー。朱音ちゃんはどうする」
「私も疲れちゃったよ、腕痛い」
「二人とも熱中してたもんな。この後どうしよっか、もう四時過ぎだよ」
「もうそんな時間なんだー。じゃあ最後に、あれ撮って帰ろうか」
そう一條が指さす先にあったのはプリクラだった。
「「え」」
僕と五十嵐の驚く声が重なるも、周りの騒音にかき消される。
写真がそんなに好きじゃない僕は、隣にいる五十嵐に助けを求めようと目をやる。そして、目があった瞬間に理解する。あっ、こいつも一緒だと。
写真は苦手だけど、断れず助けを求める目だ。きっとそうに違いない。あぁ、僕も今、こんな目をしているんだろうな。
お互い諦めたように静かに笑いながら、一條の後を追った。
「ねぇ一條、僕プリクラなんて久しぶり過ぎてよく分からないんだけど」
「まあ、この私に任せなって」
「その台詞どっかで聞いたような」
「篠崎君が自分で言ってたね」
「そうだった。五十嵐、恥ずかしいから忘れてくれ」
「無理っぽい」
出会ってそうそう、恥ずかしい弱みを握られた僕であった。
「ほらほら、中に入って」
ついに、プリクラ機の前に来てしまった。入り口のカーテンが閉まると、何とも言えない緊張感がこの空間に充満する。ここだけ世界から隔絶されているんじゃないかって思うほど。
僕らは一條を真ん中にして並ぶ。
「よし、まずは三人で撮ろうか。ほらほら紫苑君、もっと寄って」
「はいはい、これくらいでいいか」
「もっと寄ってよ。朱音ちゃんもほら、笑ってわらって」
「私、笑ってるつもりなんだけどな」
「全然笑ってないよー。昔みたいな笑顔が見たいな!」
「あれはもう無理よ」
「なぁ、もうカウントが無いんだけど、準備はいいのか」
そうこう言っているうちに、シャッター音が聞こえ一枚目の写真が撮られた。うん、やっぱり笑えてないだろうな。
「次は二人で撮ろうよ! まずは紫苑君と二人。朱音ちゃん、次一緒に撮ろうね」
「さっきの『まずは三人』ってそういうことかよ!」
「もっとくっ付いて。もう撮るよー」
「ポーズは?」
「適当!」
二枚目は、僕と一條のツーショットだった。
「朱音ちゃん来てー。一緒に撮ろう」
「五十嵐、がんばれよ」
「うん、頑張る。写真、頑張る」
壊れたおもちゃのように「写真、頑張る」と繰り返す五十嵐と交代し、その様子をカメラの外から見る。
「はい、ぎゅーっと」
「わっ、いきなり!」
「ちゃんとカメラ見ないと駄目だよ」
「恥ずかしいんだけど……」
こうして三枚目も無事に終了。
「次は二人の番だよ、並んでね」
「「え、それはいいかな」」
僕らの意見が再び一致する。
それもそのはず、二人とも写真が苦手なのに加え、出会って初日、お互いそれほど距離を詰められていないという状態だからだ。さすがに、難易度は高い。
でも、何だかんだ一條に対し従順な僕らは、二人してカメラの前に並ぶ。
そして、話は冒頭へと繋がる。
「どうしてこうなったんだろうな」
「分からないわよ」
「だよな。ポーズどうするか」
「ピースで良いんじゃないかしら」
「そうだな、適当に」
「えぇ、適当に」
いぇい。ぴーす。
胸の前で小さくピースをする僕ら。
不自然に間を空け並んだ僕らの距離が、いまの関係を表している。
「二人ともちゃんと笑ってね!」
外から聞こえるその声に、少しだけ笑ってみようとする。上手く笑えてるかな。
こうして四枚目も終了。
最後となる五枚目は、もう一度三人で撮ろうと並んだ。真ん中に立つ一條が僕と五十嵐の腕を組み引き寄せる。
近すぎないか、これ近すぎないかな。
突然発生した、この密着するという状況に一瞬緊張する。
「これが最後の一枚だからね」
こうして、怒涛の撮影タイムは終了した。
一條と五十嵐の二人が写真に文字や絵を書いている間、近くに置いてあるベンチで待つ。
真っ白で小さなこのベンチは、どこか頼りなさげに見え、壊さないようにと静かに腰をおろす。
キィと、小さな悲鳴のような音をあげるが大丈夫そうで安心する。
こういう物って、ちょっと力を込めるだけで、触れるだけで、壊れたり傷付いたりするから苦手だ。
それは人間関係も同じだな、だから苦手なのかとぼんやり考える。
いつの間にか気にならなくなっていた、全身を包むようなゲームの爆音。慣れたんだろう。
こんな風に僕もいつか、笑うことに、人間関係に慣れる日がくれば良いな。
自分の写った写真を見るという現実から、ちょっとだけ逃避していた僕であった。
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