第5話 あなたの好きな抹茶

 喫茶店を後にし、僕たちは買い物をするために駅の方へ向かった。

 目的地は大型のショッピングモール。一体何をするんだろうな、前を歩く二人の後ろでこっそりと財布を確認しながら考える。

 っていうか、ここからショッピングモールまで遠くないか?


「なあ、駅に着いたらバスに乗るんだよな?」

「うん。そうだね! だから、駅の向こう側の案内はまた今度お願いするね」

「了解。まぁ、駅の向こう側はそんなに案内することないけどな」

「ははは、確かにそうだね」


 と笑いながら歩く一條。元気だな。


「へー、バスが出てるんだ」


 さっきから黙っている五十嵐が口を開いた。ちゃんと話聞いていたことに驚き。


「出てるよ。確か無料のシャトルバスなんだよな」

「そうそう、あれに乗ると駅から10分くらいで着くんだよねー」

「そうなんだ、無料なのは良いね」


 うんうん、無料って良いよね。大好き。



 そんな話をしながら、駅までの道のりを案内しながら進む。家の近くにあるスーパーや、好きな雑貨屋、そして、よく行く本屋を指さしながら歩いた。

 自分の生活圏を教えてるようで恥ずかしいな。


「篠崎君も本が好きなんだね」

「本読んでると現実逃避が出来るんだよな、五十嵐も本好きなのか」

「うん、私も好き」

「そっか、今度、気に入った本教えてよ」

「いいよ。篠崎君のも教えてね」

「もちろん」


 そのまま無言で歩く二人。どうしよう、会話が続かなくなった。ただ、無言でもそんなに気が重くなくて安心する。


「もう、二人だけで仲良く話さないでよ! 私も入れてよ、寂しいんだけどー」

「仲良くなんて……そんなことないよ」

「別に僕も仲間はずれにした気はないし」

「んー、なんか納得いかないなー」

「そんなことより駅が見えてきたぞ」


 こんな感じで案内しつつ歩いていたら、あっという間に駅に着いた。

 僕らがいるのは駅の南口で、目的のバスの乗り場は反対の北口。昼過ぎで人の少なくなった駅を軽く案内しつつ、駅を横切るように歩く。流石に駅ビルを全部案内する時間はないが、そこはそれぞれで開拓してもらおう。



「今、あそこに止まったバスだよ」


 バスターミナルに着くと、丁度バスが到着するところだった。

 それを見た一條が、五十嵐の手を取り歩き出す。楽しそうに歩く二人を見てると、何だか姉妹に見えてくる。

 元気な一條が妹で、落ち着いてる五十嵐が姉かな。


「おーい、紫苑くんも早く!」

「はいはい、今行くよ」


 一条に急かされ、僕も急いでバスに乗り込む。新品の制服だと、やっぱり走りにくい。

 バスに乗り、三人で一番後ろの席に座った。窓際から順に、五十嵐、一條、僕の順番。

 僕らが座り、程なくして走り出したバス。窓の方では一條は五十嵐に、窓の外を見ながら見える景色を紹介している。



 コンビニ、ファミレス、コンビニ、コンビニ、怖いおじさんの家、牛丼屋、コンビニ、郵便局、コンビニ……。

 


 えっ、コンビニ多くね? っていうか、怖いおじさんの家って何があったんだよ……。

 こんな風に、目に入ったものを端から説明していく一條が、ふと聞いてきた。


「そういえばこの辺りに、昔はスイミングスクールだった公園があるよね。どこだっけ」

「あぁ、それならもう少し行ったところの公園だよ」


 そう、ここから少し先の公園に、昔はスイミングスクールがあったのだった。懐かしいな。


「あっ、もう少し先だっけ」

「えっ、あのスイミングスクール無くなったの?」

「うん、無くなったんだよ。って言っても私もあまり知らないんだけどね」

「へー、そうなんだ……」

「どうしたの。何か寂しそうだね」

「……いや、昔あったものが無くなるって寂しいなって」

「そっか……って、ほらほら、朱音ちゃん元気出して!」


 そう言って、五十嵐に抱き着く一條。

 実は、僕も少し寂しいって思っているのは内緒だな。いや、正直に寂しいって言えば僕も……って危ない危ない。



 ……うん。さて、そろそろ到着だ。


「ほら、二人とも着いたよ」

「本当だ! 朱音ちゃんは何したい?」

「あ……甘い物食べたい。食後のデザート」


 恥ずかしそうに喋る五十嵐、少しだけ小動物っぽくて可愛い。猫とかを可愛がる人の気持ちがわかるな、とぼんやり眺めていると目があう。

 あっ、睨まれた。


「なに? なにか変?」


 前言撤回、やっぱ可愛くない。猫っていうより、ヒョウとかライオンとかだな。


「いや何でもない。そうだ、甘い物ならお茶屋さんに行かないか? そこのアイス食べたいんだけど」

「あのお茶屋さんだね! 紫苑くん、良いチョイスだよ! 私も、あそこのアイス好きだなぁ」

「へー、そこ行ってみたい」


 バスから降りた僕は、「抹茶かなほうじ茶かな」と、楽しそうな一條は放っておいてショッピングモールへと入る。


「五十嵐、行くぞ」

「えぇ。いま行くわ。ねぇ、篠崎くんは抹茶とほうじ茶、どっちがおすすめなの?」

「そうだな……どっちも好きだけど、抹茶かな」

「じゃあ私もそれにしよ」

「後悔するなよ?」

「ふふっ、だって篠崎くんのオススメなんでしょ」


 「それに、私も抹茶好きだし」と笑う。

 そうそう、オススメですよ。



 ……あれ、いつから抹茶が好きになったんだっけな。

 あ、もしかしてきっかけって――。



 そんなことは今は置いておこう。

 んー、アイスを食べたらどこに行こうか。時間はそんなに無いし迷うな。



 考えるタイムリミットはアイスが溶けるまで。


  



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