第4話 ランチタイム・スマイル
五十嵐と舞い散る桜を見ていると、自転車を押した一條がやってきた。
「お待たせ、待った?」
「いや、今来たところだから」
「いいね、その反応! デートみたいだね」
「二人とも、私の事忘れてないよね」
そんなふざけたやり取りをしつつ、校門を抜け目的地の喫茶店まで歩き出す。背後には、校舎から洩れる楽しそうな声や、色々な部活の音が響いていた。
それから歩いて5分ほど。僕の家と学校の丁度、間にある喫茶店に到着した。
路地裏にひっそりと店を構える、『カナリア』という木でできた看板が可愛い。ここは僕が子供のころから、時々くる場所だ。少し秘密にしておきたい場所だが、高校で最初にできた友達だから、ここを紹介してみようかなと思ったのだ。
扉を開くと、入口に付いた小さな鈴がカランと音を立てる。ほんのりとコーヒーの香りが漂っている店の奥に、白髪の優しそうなマスターが立っている。僕はそのまま、マスターに会釈をしながら窓際の4人席に座る。僕の前には一條が、そして、その隣に五十嵐が並んだ。
「うわー、良い雰囲気のお店だね。ここ通いたいな」
「うん、私も正直びっくりした。思ってたよりも落ち着いたお店で」
「気に入って貰えてよかった。そうなんだよ、この雰囲気が好きでね、あまり人に教えたくなかったんだよな。すこし秘密にしておいてくれるか?」
「うんうん、そうするよ! それにしてもお腹空いたね、ここでは何がおすすめかな」
二人に気に入って貰えて安心した。今度は一ノ瀬も連れてこないとな、とテーブルの端に立ててあるメニューを開きながら思う。
「ここは何でもおいしいけど、僕はオムライスか、クラブハウスサンド、後はビーフシチューをよく食べるかな」
「あっ、クラブハウスサンドが食べたいな! 朱音ちゃんはどうする」
「それじゃあ、私はビーフシチューでいいかな」
「決まったみたいだな、注文するよ」
目の前で二人が、「後でひとくち交換しようね」と言っているのを聞きながら、僕はマスターを呼んで、二人の注文とオムライス、そして飲み物を伝える。
それから、「ここにはよく来るのか」や「いつから来てるのか」なんていう質問や、この後の予定などについて話していると料理が届く。良い香りが僕らのテーブルを包む。
「うわぁ、良い香り。美味しそうだね」
「えぇ、美味しそうね。いただきます」
料理が来て、まずは写真を撮り始める一條と、さっそく食べ始める五十嵐。僕も、「いただきます」と食べ始める。あぁ、やっぱりここの料理は美味しい。
「美味しい。篠崎くん、これ美味しいよ」
「朱音ちゃんが、こんなにテンション高いのは珍しいね。ひとくち! ひとくち交換しよ!」
「はい、どうぞ」
「どうぞ」と皿を差し出す五十嵐に、一條は不服そうな顔をする。
「私、スプーン持ってないから、ほら! あーん」
雛鳥のように口を開いて待つ一條を前に、苦笑いの五十嵐がスプーンを差し出す。なんだか分からないが、思わずその光景に目を逸らし、オムライスに集中する。
「ありがと。このビーフシチューもおいしいね!」
「これ、お返し」と、クラブハウスサンドを渡されている五十嵐を眺めながら、本当に仲良いなと思う。
「その、あれだ……五十嵐も大変だな」
「大変だけど、昔から美菜はこういうのが好きだったからね。もう慣れちゃったわ。それに、こういうところがこの子の良いところだし」
「確かに。僕らみたいな人見知りには助かるよな」
それからというものの、僕は一條にオムライスをせがまれ、さっき見たように「あーん」と食べさせたり、その様子を五十嵐にジトっとした目で見られたりと精神的に大変な昼食を過ごす。
いつも美味しいこの『カナリア』も、今日は誰かと一緒に食べたせいか、いつもより美味しく感じたのだった。
食後の穏やかな時間が流れる。このままここでゆっくりするのも良いが、せっかく案内役を任せられたのだ、次に行く場所を決めよう。
「このあとどうする?」
「この辺の散策も良いけど、遊べるところが良いかな。買い物とかもしたいかも」
「そうだな、そんな場所はショッピングモールくらいしかないけど、案内する程でも無いんじゃないか」
この辺で買い物をしたり遊べる場所は、駅の近くにある大きなショッピングモールが一番だろう。ただ、有名な場所だし案内しなくても分かるんじゃないかな。
「あそこね。あっ、でも確か、朱音ちゃんが転校した後にできたんだよね。行ったことないでしょ」
「へー、そんな場所ができてたのね。ちょっと興味あるわ」
「よし、決まりだな」
行き先が決まったので席を立つ。出口で会計を済ませながら、隣に立つ五十嵐が「ここを紹介してくれて、ありがと」と呟いた。いきなり素直に感謝されると、なんかだか照れる。
どう返事しようか迷っていると、お店の外から「何してんのー? はやくー、行こうよー」と一條が手を振ってくる。
子どものような一條の姿に「元気なやつだな」って、五十嵐と顔を合わせた。
「はいはい、今行くよ」
僕は、元気に飛び跳ねる一條を横目に、マスターへ「ごちそうさま」とお礼をし、歩き出す。
そうだ、言い忘れたことがあった。
「なあ、五十嵐。また来ような」
その言葉に、彼女は目を見開く。そんなに意外だったのか。
「えぇ、また機会があったらね」
ほんの少しだけ笑顔を浮かべ、そのまま外へと小走りで出て行った。
普段から笑えよ、悔しいけど、この笑顔が綺麗なんだよな。
喫茶店の扉を開ける後ろ姿。
その揺れる長い髪に、少しだけ見惚れてしまった僕がいた。
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