第7話 二人だけの小さな秘密
「出来たよ」
完成したシールを手に、こっちへと戻ってくる楽しそうな一條と疲れた顔の五十嵐。
「おかえり、どうだった」
「ごめん。二人で撮ったやつ、救えなかった」
一体、何があったんだよ。
「これ見てよ! 良いでしょ」
一條が見せてくるスマホの画面には、僕と五十嵐の二人が映し出されていた。
そこに映る僕らは微妙な距離を離し立っている。小さなピースをし、引き攣ったような下手な笑顔を浮かべていた。
その下には『初デート記念』なんていう文字が書いてある。
「なんで初デート記念なんだよ」
「ふふふ、これだけ見ればそれっぽいでしょ」
「確かにこれだけ見ればな。あまり仲良さそうには見えないけれど」
「いやいや、この初々しい感じが良いのにー」
「五十嵐、なんかごめんな」
「私こそゴメンね」
「あっ、ちなみに私とのツーショットはこれだよ」
『初デート記念(浮気)』
「浮気かよ! まあ、これは冗談って分かりやすくていいけどさ」
「他のはちゃんとしてるから安心してね。そうだった、画像を送りたいから連絡先交換しようよ」
「いいよ。交換しようか」
僕はスマホを取り出し、一條と連絡先を交換する。そういえば、これが高校生活最初の連絡先の交換だっけ。連絡先が増えるたびに、季節が巡ったのだなと実感する。
この流れで五十嵐とも交換していると、一條からメッセージが届いた。さっき撮った五枚の画像も送られている。
『紫苑君、よろしくね♪』
『よろしくな』
簡単なメッセージを返信しつつ、届いた画像を眺める。楽しそうな笑顔をしている一條と、彼女に引き寄せられて笑う僕と五十嵐が並んでいる。
たまにはこうやって写るのも、悪くないかもしれないな。
プリクラを撮った後、このショッピングモールに初めて来たという五十嵐に、映画館や雑貨屋などを案内をしながら歩く。
一通り歩き回ったところで一息つく。僕はまた抹茶アイスを食べながら、時間を確認する。気付けば、時計は夕方を指していた。
「どうしようか、そろそろ駅まで戻るか?」
「もうこんな時間なんだね。帰ろうか」
「うん、私もそれで良いよ」
帰ることにした僕らは、ショッピングモールから出て駅行きのバスへと向かう。日差しがまだ眩しい。
夕日が窓から差し込むバスに揺られ、駅へと戻ってきた。もう五時を過ぎている。
バスから降りた後、帰り道の話をしながら三人で駐輪場まで歩く。
一條が自転車を押して来るのを待ち、僕らは駅前の交差点まで進む。
「二人はこのまま道を真っ直ぐだよね」
「僕はそうだね、来た道を戻るからな」
「うん、私も同じ」
「そっかそっか、じゃあここでお別れだね。私はこっちなんだ」
そう言いながら、左側に延びている線路沿いの道を指差す。
「忘れてた、二人とも最後に一枚だけ」
スマホを取り出し、腕を伸ばしながら三人が写る角度を調整していた。
「撮るよー」
カシャッという乾いた音が、僕らの一瞬を切り取る。
満足そうな顔をしながら、大切そうにスマホをしまう一條。
「ありがと、二人とも! じゃあまた明日ね。今日は楽しかったよー」
「また明日な、気を付けて」
「うん、明日。今日はありがとう」
僕と五十嵐は帰る一條の背中を、見えなくなるまで見送っていた。
「帰ろうか」
「そうね」
家に向かって歩き出す。夕日が眩しいな。
駅からあまり会話をせず、並んで静かに歩いていた。不思議と無言で歩いても気まずさはない。二人の歩幅の違いを感じさせる、揃わない足音だけが僕らを包み込む。
その音がどうしてか心地良かった。
「篠崎君の家はどのあたりなの」
「お昼に行った喫茶店の近くに、大きな公園があったの気づいた? 家はその近くなんだけど」
「『カナリア』だよね。もしかしたら、私の家もその公園の近くだったと思う」
「じゃあ近いかもな。というか、そろそろ公園が見えてくるはずだよ」
いつの間にか、かなり歩いたらしく左側に公園が見えてきた。
公園の手前には十字路がある。そこで僕は左に進む。もしかしたら、ここで五十嵐とは別々かな。
「僕はそこの十字路を左なんだけど」
「えっ、私も。ここから結構近いよ」
「そうなんだ、僕も近いんだよな」
十字路を曲がると、公園に植えられた木々の影が道路に伸びていた。その影の中を歩く。
ときどき吹き抜ける風が、桜の花びらを運びながら髪をふわりと揺らす。
綺麗だな、などと話しながら進んでいると、景色が公園から住宅街へと変わっていく。
そろそろ僕の住むマンションだ。
「僕の家はここ。五十嵐は引っ越したばかりだし、ここから道分かるか? もしあれなら、途中まで送るけど」
「いや、その、私もここなんだけど」
「冗談だろ」
「本当。篠崎君こそ冗談じゃないよね」
驚きのあまり声が出ない。
「途中まで送るけど」なんていうさっきの台詞で恥ずかしくなる。驚きと恥ずかしさで少しフリーズしていると、五十嵐がエントランスのロックを解除し、ほら冗談じゃないでしょと言ってくる。
そんな彼女の後を追い、僕らはちょうど1階で止まっていたエレベーターに乗った。
「びっくりした」
「それはこっちの台詞よ」
お互い同じことで驚いているこの状況が面白く、二人して笑う。
あっという間に、僕の住む10階についた。扉が開くと同時に、五十嵐と僕が一歩踏み出す。
まさか……ね。
「もしかして?」
「たぶん、そのもしかしてだな」
どこまで一緒なんだ、僕達は。
1005号室の前。僕は、自分の部屋の前に立ち止まった。五十嵐はというと1006号室。隣の部屋の前に立っていた。
「お隣さんだったのね。あれ……でもそこに住んでる人ってヒノザキさんじゃないの?」
「これか。いつの間にか、Sが抜け落ちていたらしいんだよ。この前もさ……」
ここで、先日の結衣さんの引っ越し挨拶で同じ事を話したのを思い出した。
結衣さんの苗字って確か……。
「もしかして結衣さんって、五十嵐のお母さんか?」
「えぇ、そうだけど。あっ、お母さんの引っ越し挨拶に対応してくれたの、篠崎君だったのね」
「そうだね」
「凄く楽しそうに帰ってきたから心配だったんだけど、君なら安心かな」
「どういうことだ」
「んー何となくね」
安心したような表情を浮かべる五十嵐。その様子を不思議に思ったが、何となくなら別に良いか。
「なんだそれ。まぁ、これからよろしくな」
「こちらこそ、よろしく。あの……今日……楽しかった。ありがと」
「うん、僕も楽しかったし、こちらこそありがとう」
素直に感謝されると恥ずかしいな。二人して、黙り込んでしまった。
そんな中、一つ思うことがあった。
「「あのさ」」
声が被る。
「五十嵐から良いよ」
「いや、篠崎君からで」
「分かった。あのさ、部屋が隣同士なのを……今は一ノ瀬たちに内緒にしないか」
「……ふふ、同じことを言おうとしてた。内緒にしたいよね。特にあの二人だと、なんか色々言われそうで」
同じことを心配してたんだな。やっぱり、あの二人……というかこの状況を誰かに知られるのは面倒そうなんだよな。
「だよな。当分の間は二人の秘密ってことで」
「えぇ、そうしましょ」
「じゃあ、そういうことで。また明日な」
「うん、篠崎君。また明日ね」
また明日という言葉に、優しい笑顔が添えられた。夕日に照らされた笑顔が綺麗で、一瞬だけ仄かに懐かしい香りの記憶が蘇る。それが何の香りかは今はまだ分からない。
何だかんだ、出逢って一日目だけれども、少しだけ距離が縮まったのかなと思いながら鍵を開ける。玄関の扉を開けると、まだ微かに冬の冷たさを含んだ春の風が頬を撫でたような気がした。
ただいま、と呟く声が誰も居ない家の中に解けて広がっていった。
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