出逢い
第1話 出会いは運命だろうか
ジリリリリリリ……目覚ましの音が耳の奥で響く。あぁ、朝だ。目を擦りながらも起きようとするが、布団が離してくれない。
こんなときは何をしても駄目だ、もうひと眠りしよう。眠気を邪魔してくる目覚ましを止めようと手を伸ばすと、その時計は八時を表示している。
そっか、もう八時か。たしか、今日は高校の入学式だっけ。おやすみなさ……って、入学式?
入学式!
「うわっ、入学式だ!」
急いでベッドから飛び起きると、ハンガーに掛けておいた制服に着替えてリビングへと走る。
バタバタバタバタ。穏やかな朝はいったいどこへ消えてしまったのだろう。目覚ましのように慌ただしい朝だ。辛いな。
リビングへ入ると、美味しそうな朝ご飯の匂いがする。安心する香りだ、ってそうじゃない。そんな時間はないんだ!
「おはよう、紫苑」
「おはよ。さすがに起こして欲しかったんだけど」
「良い顔で寝てたからさ、眠らせておいてあげようかなって。ほらほら、そんな事よりご飯食べて学校行きなさい。入学式に遅れるよ」
「その気持ちは嬉しいんだけどなぁ……その優しさは休みの日にしてくれよ」
そんな母さんの話を聞きながらも、急いでご飯を食べ、玄関の扉を開く。外に出た瞬間、春の匂いがした。新しい季節の優しい香りだ。思いっきり息を吸って、少しの間、息を止める。新鮮な空気が心地良い。
さて、行くか。
桜が舞い散る中、多くの生徒が校門を通っていく。不安そうな顔、楽しそうな顔、表情は皆それぞれで、それを見ているのはなんだか楽しい。
僕はどんな顔をしているのだろうか。
そんな風に考えながら歩いていると、体育館の近くに人混みが見えてきた。
「なんだあれ?」
その人混みの隙間からチラチラと掲示板が顔を覗く。
もしかしてあれがクラス分けの表なのか。この状況だと、さすがに人が多くて見れないし、何よりも朝から疲れそうで……。
うん、人が減ったら見に行こう。
これならもう少し眠っていられたなと思いながら、その光景を遠くから眺める。飴に群がるアリのようだな。働きアリがいっぱいだ。こうなると、女王アリは校長か。
「おーい篠崎! なぁなぁ、篠崎だよな? おーい、聞こえてるか?」
あれ、遠くから誰かが呼んでる。誰だ? どこだ?
周りを探してみる。右へ左へと視線を動かすがそれらしい人はいない。……いや、一人だけいた。手を振りながら掲示板からやってくる働きアリが一人。
とりあえず、知り合いらしいので手を振って適当に話をあわせておこう。
「おう、久しぶりだな。誰だ?」
おっといけない本音が……。
「久しぶりだな! っていうか『誰だ』って何だよー。俺の事憶えているのか、いないのか、どっちだ!?」
「うん、久しぶりだな!」
こういうときは笑って誤魔化すのが一番だ。笑っていれば、大抵なんとかなるもんだよね。
そうこうしているうちに、近付いてくる相手の顔がはっきりと見えるようになった。その顔には見覚えがあった。
「もしかして、一ノ瀬か? 久しぶりだな」
「本当に気づいてなかったのかよ! まぁ、それは良いとして、久しぶり。去年の大会以来だな」
「総体以来だったな、っていうか髪が伸びていて気づかなかったわ」
「そっ、伸ばしたんだよ。似合ってるだろ。そんなことより、まさか一緒の高校になるなんてな。宜しく、篠崎」
一ノ瀬とは中学の頃、何度か部活の練習試合や大会で会っていた。あの頃は短かった髪も伸ばしている。少し似合っているし、何なら格好良くなってるしムカつくな。
でも、同じ学校に知り合いがいただけでも助かった。
と、考えていると一ノ瀬が口を開いた。
「そういえば篠崎はクラス分け見てきたか?」
「いや、まだだよ。あんなに群がってるんだ、だから、人が減ったらにしようかなって。まぁ、クラスが分かれば良いだけだから、ここでゆっくり待ってるよ」
そう言うと、なぜだか一ノ瀬がニヤニヤと顔を見てくる。
「それなら教室に行こうぜ!」
「いや、自分の教室が分からないんだっ……て、えっ、まさか」
「おう、そのまさか。一緒のクラスだ。いやぁ、これから一年楽しみだな。ははははは」
「よろしくな」と言いながら歩き出す一ノ瀬の後を追いながら一言投げかける。
「やけにテンション高いな、なんか良い事でもあったのか? その……あれだ、気持ち悪いぞ」
「気持ち悪いは酷いなぁ。確かに良いことがあったけどさ、そんなに顔に出てたか?」
「出てたな、それでどうしたんだ?」
「まじか。実はな、さっき可愛い子がいたんだよ。しかも同じクラス! これだけでテンション上がるだろ!? なぁ篠崎、お前も男なら分かるだろ?」
「確かに分からなくはないけどな。ふーん、そんなに可愛い子がね……」
そんな風に話しながら歩いてると、やっと下駄箱に着いた。ここも人が多いなと、ぼんやり考えていると肩を叩かれる。
「おい、あの子だよあの子!」
一ノ瀬の指の先に、一人の女の子がいた。確かに可愛いな。ただ、可愛いっていうよりも……下駄箱で上履きに履き替えるその姿は綺麗だなと思った。
なんだか変態みたいな感想だな。
「可愛いって言うよりも、綺麗って言う方が似合ってる気もするね。一ノ瀬はあんな感じのが好きなのか?」
「いや、俺的にはもっとふんわりとした雰囲気の方が好きだな。でも、ああいう綺麗とか可愛いとか、そんな子は見てるだけでも幸せになれるだろ?」
「そうかもな……」
一ノ瀬が話し終える頃、その話題にしていた子は上履きに履き替え、教室へ向かおうとしていた。下駄箱に靴を入れた後、チラッとこちらを見たその一瞬、僕と、彼女の少し冷たいような目が合った……ような気がした。
こんなに有り触れた、どこにでもあるような出会いは運命だったりするのだろうか。
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