第2話 友達作りは桜の香りがしました

 一年三組。それが今年一年間、僕が生活するクラスのようだ。



 一年生の教室は、校舎の南館の4階と決まっている。校門や駐輪場から近い北館の2階と3階には、三年生の教室があり、僕らのいる南館の2階と3階には二年生の教室がある。

 どうやら文系と理系で階が別れているらしい。

 そして、そんな北館と南館の各階を一本の渡り廊下が繋いでいる。上から見ると、カタカナの“エ”やローマ字の“H”のようになっているのがわかるはずだ。

 校門から遠く、階段が辛い4階の利点は、この渡り廊下かなと思う。4階の渡り廊下は唯一、壁も天井もなく、屋上にいるような気分になれるらしい。



 って、ここまで一ノ瀬からの受け売り。一ノ瀬が喋り続けている間、僕は階段を上ることで精一杯だった。精一杯っていうよりは現実逃避。

 これから毎朝、こんな階段地獄なのかと思うと嫌になるな。帰りたい。

 そんなこんな愚痴りながらも教室に着く。扉の向こうからは、色とりどり、華やかな声が聞こえてくる。


「よし、入るぞ」


 と、一ノ瀬が扉を開けた。



 開いた扉の向こうには素晴らしい光景が……広がってるわけもなく、至って普通の教室だった。

 既に窓際や教室の後ろ、教卓の前など、ところどころグループが出来上がっている。中学繋がりなのか、社交性があるのか、楽しそうに会話をしているグループを見ていると凄いなって思う。僕には無理そうだ。人見知りだし。



 さて、何はともあれ席を探さないと。自分の席はどこだ……。


「どこに座れば良いんだ」

「あっ、おい篠崎、黒板に書いてあるぞ。席はどこに座っても良いらしいな」

「本当だ、どこにする? と言っても、最後列も窓際も廊下側も埋ってるな」

「まぁ、角を狙うのが勝つための定石だからな」

「いやいや、オセロじゃないから。オセロじゃないからな? 確かに黒が優勢に見えるけどさ」


 軽くツッコミを入れつつ席を探す。


「なぁ、あそこはどうだ? 4列目と5列目の、後から2つ目の席。並んで空いてるだろ」

「良いな良いな! よし、そこを黒に染めるか」

「そろそろオセロネタから離れないか?」


 そう言いながら席に着く。

 2席のうち僕は窓際に近い方の席に座った。最後列でも窓際でも無かったけど、この席なら良いかな。

 そんなことより、隣に座る一ノ瀬が、さっきからキョロキョロと教室の入口付近を見ているのが気になる……。何やってるんだコイツは。


「そんなにキョロキョロして、どうしたんだ?」

「さっき下駄箱で教えただろ? あの子を探してるんだよ」

「あー、なるほど。でも本当にこのクラスなのか?」

「下駄箱の場所も一緒だったし、それは合ってるはず。それにしても、可愛いかったよな」


 おいおい、なんかストーカーっぽいぞ。大丈夫か?


「ん? 可愛いって私のこと?」


 突然、左前の席から声をかけられた。誰だろうと声の方を見ると、そこには僕の知らない笑顔があった。椅子をこっちに向け手を振っている。


「やぁ、圭。今年も一緒だね! 可愛いって私の事かな?」

「いや、違うぞ。美菜のことじゃないからな」

「またまた〜、素直に言って良いんだよ。っていうか、少しくらい驚いてよ!」

「はいはい、可愛いねー」


 棒読みで話す一ノ瀬。美菜とは全く目を合わせようとせず、未だに教室の入口の方をキョロキョロと見渡している。少しくらい見てあげろよと思うが口にはせず、黙ってその様子を傍観することにする。


「ほら、クラス分けでお前の名前を見たからな。また一緒か……くらいしか思わなかったよ」

「ははは、そりゃそうだね。まさかの今年も一緒。中学から合わせて四年目だよ。縁があるね」

「縁って言っても、腐れ縁だけどな」


 どうやら一ノ瀬の友達らしい。中学からの友達か……良いな。このクラスに僕の友達はいるのだろうか。んー、謎だ。

 そんなことよりも、


「一ノ瀬の名前って圭だったんだな。初めて聞いた気がする」

「あれ? そうだっけ。あーいや、そうだった。俺も、篠崎の名前聞いてないわ」

「紫苑だよ。それよりもこの人は? 中学の友達らしいけど」


 自分の名前の話をするのは恥ずかしいので、急いで別の話を振る。さっきから、愛嬌のある大きな目で、こちらを見てくるその方は、どちら様でしょうか?

 吸い込まれそうなほど黒く大きな目が、とてもきれいで羨ましい。笑顔に加えて、その大きな目と、肩までで切り揃えた髪がバランスがよく、より人懐っこさを醸し出してる気がする。

 一言で言うと、ふわふわな雰囲気。

 

「そうだった、紹介するな。こいつは、一條美菜。中学の友達だ。中学三年間は一緒のクラスだったんだよ、まぁ、そんな感じだ」


 何がそんな感じだよ。


「それで、これは篠崎……えっと、紫苑だったよな」

「おいおい、名前忘れるなよ! 寂しいな、あーあ、残念だな」

「悪い悪い、っていうか棒読みで残念がってるように思えないわ。……っと、それでだな美菜、篠崎は部活の試合でよく会ってたんだよ。ライバルってやつ?」

「ライバル意識はなかったけどな……ということで、僕は篠崎。よろしくな、一條」

「うん、こちらこそよろしくね! 紫苑くん」


 そう言って、笑みを浮かべながら手を差し出してくる一條。僕はその手を取り握手をする。彼女の後ろにある窓から差す日光のせいか、一條の人柄のせいか、笑顔が輝いて見えた。この笑顔はずっと見ていたいな。


「一ノ瀬はあんなこと言っていたけど、僕は一條のこと可愛いと思うからな」

「えっ……あ、ありがと。自分で、冗談で言っているのは良いんだけど、実際に可愛いって言われると恥ずかしいね」


 恥ずかしそうにしながら俯く彼女を見ていると、ちょっと悪い事したかなって思う。ただ、可愛いのは事実だから言ったんだけれどな……隣から一ノ瀬がジメっとした視線を送ってくるのが気になる。

 絶対、ロクでもないこと言われる。


「おい篠崎、なに口説いてんだよ」


 ほら、ロクでもないし、一ノ瀬からの視線が痛い。

 

「なに怒ってるんだよ。ほら、可愛いものは可愛いって言った方が良いと思うぞ」

「怒ってないけど……お前凄いな、そんなこと平気で言えるなんて」

「さっきまで『可愛い子がいた!』って言っていた奴の台詞とは思えないな」


 さっきまでの様子とのギャップに思わず笑ってしまう。さんざん僕に「可愛い人が~、可愛い子が~」って言っていたあの姿はどこへやら。


「そういえば、さっきから可愛い子って言ってるけど、誰のこと言ってるの」

「そっか、一條はその話を聞いてないんだよな。えっとな……」


 そこで一條に、クラス分けが貼られた掲示板の前で一ノ瀬から聞いた話から、玄関でその子を見た時の様子、そして教室に入ってからの彼の様子を含め、今に至るまでの経緯を事細やかに伝えた。


「まぁ、僕は可愛いっていうよりも、綺麗って思ったけどな」


 ここ重要。


「んー、あっ、それってもしかして朱音ちゃんの事じゃないかな」


 そういって一條が視線を動かす。視線を向けた先は一條の後ろの席。つまり僕の左隣り。こんなに近くにいたのかと思う反面、どうして今まで気付かなかったのだろうかとも思う。

 確かさっき席に着いたときは、鞄だけ置いてあったっけ。一ノ瀬と席を選んだ時の様子を思い返す。だから気付けなかったのか。


「えっ、私? 嘘でしょ」


 いえ、嘘じゃないです。

 間違いない、さっき玄関で見たのは彼女だった。あの時、一瞬しか見えなかった横顔と、印象的だった少し冷たい瞳が、そこにはあった。


「あー、この人です。あと、もしかして……一條の知り合いなのか?」

「そうだよ、私の友達。親友って言っても良いのかな?」

「やめてよ美菜、恥ずかしい」

「あれ? 一條の友達ってことは、一ノ瀬も同じ中学じゃないのか?」


 それまで上の空でなにかを考えているような一ノ瀬に、気になったことを聞いてみる。


「えっ、えっ、違う違う。なんで美菜は知ってるの」

「小学校が一緒だったんだよね、でも途中で転校しちゃって……。それ以来、連絡は取ってたんだけどあまり会えなかったんだよね」

「そうね、久しぶりに会えたのが今日だし。その、あれよ……高校が一緒で嬉しかったわ」

「ふふふ、朱音ちゃんは素直じゃないね。嬉しいってメッセージくれたくせにー」

「うっ、それは、そうだけど」


 そう言うと白い肌がほんのり朱に染まる。

 ここから二人の掛け合いを見ていると、本当に仲がいいんだなって思えてくる。連絡は取っていたとはいえ、何年も会ってないっていうのにここまで馴染めるのだから。

 僕にはそんな人がいないな。友達少ないし。

 


 だけど、会いたい人なら……いるかな。

 夕日に照らされながら、僕に手を振る姿。逆光の中、風に揺れる髪。そして……、


「おーい、篠崎。大丈夫か? 何か考え事してたっぽいけど」

「大丈夫。ほら、今日は朝早かったから、眠くて」

「何言ってんだよ、結構遅くに学校に来たくせに」


 笑いながら肩を叩いてくる一ノ瀬は放っておいて、一條の方へ向く。そろそろ脱線した話を戻さないとな。


「それで一條、折角だし紹介してもらってもいいか?」

「もちろんだよ! 改めて、こちら朱音ちゃんです!」


 自信たっぷりに手を広げ紹介をするが、これではあまり紹介になってないような気がする。


「どうも、五十嵐です。よろしく」

「篠崎です。こちらこそ」


 さっきまで一條と楽しそうに話していた姿はどこへやら、凄く落ち着いたトーンで話す五十嵐。

 人見知りなのか、人が嫌いなのか、僕が何かしたのか……。入学早々、隣の席の子に嫌われるのは辛いものがあるな。


「それと篠崎くん。さっきみたいに、その……私のこと綺麗とか人前で言われるのは止めて欲しいんだけど」

「なら、本人に直接言えばいいのか?」

「そうじゃなくて! 恥ずかしいの。普段、そういうの言われないから」

「朱音ちゃんは人見知りで恥ずかしがりやさんだからね。まっ、そういうところが可愛いんだけど」


 なるほど、人見知りは一緒だな。

 何はともあれ、嫌われてなくて一安心した。入学式までは時間があるし、少しだけ仮眠を取ろう。


「今後気を付けるよ。取り敢えず、一年間よろしくな。じゃあ少しだけ仮眠を……」

「え、えぇ、よろしく。あと、おやすみ」


 机に伏せる瞬間、一瞬だけだが、五十嵐が微笑んでくれたように見えた。それは本当に一瞬で、五十嵐の後ろで開け放された窓から、吹き込む風と共に消えていった。

 風に乗って香る桜の匂いを打ち消すように、久しぶりに嗅いだ机の木の香りが顔中に広まった。



 「とりあえず一年って! もっと仲良くしなよ!」とか、「五十嵐さん! 俺、一ノ瀬圭です!」なんて会話が聞こえたけど気にしない、気にしない。


 友達の友達、さらにその親友とは友達になれるのだろうか。


 

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