呪術師フィリッポ・マルローニ

ネコ エレクトゥス

第1話

 俺の名はフィリッポ・マルローニ。この薄汚れた街でしがない探偵家業をやっている。俺のところに持ち込まれる依頼ときたら爺さんの入れ歯がなくなったから見つけてくれだとか、逃げた子猫を探してくれといったしけたものばかり。食いつないでいくのも楽じゃない。


 俺のようにハードな仕事をこなし、しかも人間世界の荒んだ裏側を覗く商売の者には心の安らぎが必要だ。そんな時我等が師であるシャーロック・ホームズならどう対処していただろうか。ということでここはやはり阿片でも吸うか……。

 さすがにそんな手段に頼る訳にもいかないので別な方法を探すことにした。するとどうだろう。我等の賢明なる師は別の手段も示してくれていたのだった。その手段とはすなわちヴァイオリンを奏でること。ということで俺もギターを弾くことにした。何故ヴァイオリンではないのかというと、ヴァイオリンは難しい。余計寿命が縮みそうだ。俺は『ヴァイオリン殺人事件』なる推理小説の被害者になるのか。犯人は被害者自身だった。頭が悪すぎる……。

 しかしこうやってギターを弾いていると何て心が落ち着くことか。


 だが困った問題が一つあるのだ。というのは俺がギターを弾き出すと必ず我が家の猫が姿を消すのである。別に自分でもうまいと思って弾いている訳ではないのだが、ここまで露骨な反応を見せつけられるとやはり落ち込む。昔楽器を奏でると鳥が集い花々はその顔を向けるという伝説の人物がいたそうだが、この落差はいったい何なのだろうか。俺の場合だとカラスは鳴き出しコウモリが集い、オオカミが遠吠えを始めそうだ。俺のお気に入りのギタリストが「母親が自分のギターの音を聞き分けてくれたらそれが最高の幸せさ」と語っていたが、俺の母親は俺のギターの音を聞き分けた途端ショック死するんじゃないだろうか。うーん、情けない。もうギターを弾くのもやめにするか。


 俺の名はフィリッポ・マルローニ。この薄汚れた街でしがない探偵家業をやっている。俺のところに持ち込まれる依頼ときたら爺さんの入れ歯がなくなったから見つけてくれだとか、逃げた子猫を探してくれといったしけたものばかり。食いつないでいくのも楽じゃない。

 しかし人は進まねばならぬ。俺も苦境を自らの力に変え進むことにした。そして探偵としての業務内容に次の二点を加えることにした。

「・野良猫でお困りの方、追い払います。

 ・母親でお困りの方、ギター教えます。」

 

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