第7話 発煙トラブル?

 アパートの設備管理は管理会社に任している為、機材が壊れたとしても大家が慌てることなど特に無い。が火事となったら話は別だ。火災保険に入っているとはいえ、多額のローンを組んで開始したアパート経営である。俺は目の前が真っ暗になり、しばらく呆然としていた。

「研二さん、ちょっと、しっかりしてください」

 マリアに肩を捕まれてようやく我に返った。

 その時、終業のベルが鳴った。

「お疲れ様でした!! 柿崎さん、行くよ」

 メールのことどころではない。

 俺は居ても立ってもいられないので、柿崎(=真莉愛)の手を取り、急いで事務所を飛び出した。

「まぁ、なんて大胆な」吉田さんの声が聞こえてきたが、構ってはいられない。

 タクシーを捕まえ、俺と柿崎は、メゾン間飼へ急行した。


 アパートの近くまで来たところで、渋滞に捕まってしまった。

「動きませんね。迂回できませんか」俺は一刻も早くアパートの様子を確認したいので、そわそわしながら運転手に聞いた。

「うーん、ちょっとこの様子ではね~。普段だったらこの時間は車の流れはスムーズなんだけど。なんかあったのかねぇ」運転手がぼやいた。

 ひょっとしたらアパートの消火に向かった消防車で車が渋滞してしまっているのだろうか。イカン、イカン。車の渋滞が起こるなんて日常茶飯事じゃないか。

「研二さん、落ち着いてください」

 女の姿に戻った真莉愛まりあが俺の手を握った。

 胸のワイシャツのボタンがはち切れそうだ。

 こんな事に気が回るようだから、少し、落ち着いてきたのだろう。

「運転手さん、ここで下ろしてください」

「その方が良いかもね」

 俺は運賃を払い、走ってアパートに向かった。

 この道は良子と一緒に来たときに歩いた道だ。あのときは、アパートが建っているとは思いもよらなかったが…

 俺と真莉愛は走り続けた。

 アパートは無事だった。

 いや、火事も起きた形跡は無い。

 消防車も来ていない。

「真莉愛さん、これはどういうこと?」

「え、あたしの所に香澄かすみさんから使い魔が来て『火事です』と言ってきたので、てっきり…」

 いたずらか?しかし、連絡に使い魔を使うって、さすが、魔界の住人だな。

「とにかく、香澄さんの部屋に行ってみましょう」

 真莉愛まりあが202号室のドアホンを鳴らした。

「香澄さん、香澄さん」

 真莉愛がドアに手をかける。

「開いてる」

 ドアを開き、声をかける。

「かすみさーん、真莉愛でーす。さっき使い魔が来て『火事だ』って言ってたんですけどー」

 使い魔なんて、他の人や下の住人に聞かれたら頭逝った人だと思われるだろうな。

 が、ここは、そんな細か事は気にしてられない。ちゃんと真偽を確かめなくては。

 反応が無い。俺と真莉愛は互いに顔を見合わせていると、廊下の奥のリビングに通じる扉が開き、中から小さい人型の物体が出てきた。

 背中には更に小さな羽がついている。見た目はマスコットみたいで結構かわいい。

「うんしょ、うんしょ。フーこのドア、開けるの一苦労デシ」

 マスコットがしゃべった… もう、何が起きても驚かん…

「あら、デイジー。こんにちは。香澄さんじゃなくて、ご主人のキャシー(香澄の魔界での本名)は居るかしら」

「ハイ、ご主人様は奥に居ますデシ。入ってもらってくださいと言ってますデシ」

「じゃ、上がらせてもらうわね」

「おじゃましまーす」

 リビングに入ると、奥には香澄さんがうずくまっていた。

「香澄さん、どうしたんですか」真莉愛が香澄さんの肩に手をかける。

 香澄さんは顔を上げ、真莉愛に向かってしゃべり始めた。が、何を言ってるのか聞き取れない。

「あの、香澄さん、聞こえないんですけど」俺がそう言うと香澄さんはビクッとして、またうずくまってしまった。

「研二さん、香澄さんはとっても内気で男の人が苦手なんです。気を悪くしないでくださいね」

「えっ!?だって、この前は俺に爪を伸ばして首を落とそうとしてきたよ」

「義男さんが言ってたでしょ。薬飲んでるって」

 そう言えば薬を飲んで性格を変えてるって言ってたような…しかし、変わりすぎだろう、これは…

「そういえば、使い魔って言ってたけど、さっきドアを開けた、あのマスコットが真莉愛の所に来たのか」

「いいえ、私の所に来たのはチムニーという香澄さんのもう一匹の使い魔です。今は魔力を押さえるために姿を消しています。さぁ、香澄さん、何があったか教えてください」

 真莉愛に促され、香澄は顔を上げたが俺と目が合うと、再び、うずくまってしまった。

 俺って、そんなに嫌われてるのか…ちょっとショックだ。

「私からお話するデシ」デイジーが変わって説明し始めた。

「ご主人様が、今日は少し蒸すからドライを付けましょうって、エアコンを操作したら、ヒュンヒュンと妙な音がし出したと思ったら煙がモクモクと出てきたデシ」

「エアコンを操作したら、煙が出たって?」

「はい、ソウデシ。それと熱風も。煙と熱風で部屋が一杯になって、ビックリしたご主人様は、チムニーを真莉愛様のところに使わせたデシ」

「それをチムニーは火事だと私に伝えたのね」

 要は、使い魔の早トチリ…だった訳か。

 しかし、エアコン付けたら煙が出るって、いくら何でもおかしいだろう。

 俺は、試しにエアコンに電源を入れてみた。

 煙は出ない。

「大丈夫のようだけど」

「ドライにするとどうなりますか」真莉愛が俺に訪ねる。

 リモコンを見ると、スイッチが冷房になっていた。

 ドライに変えてみると…

 ヒュン・ヒュン・ヒュン

 妙な音がしだした。煙と熱風も出始めた。

「うわ、なんじゃ、こりゃ」

 驚いて呆気にとられていると、あっと言う間に煙は部屋に充満した。

 確かにビックリするな、これは…

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