第8話 会議室でプロポーズ?

 なんでこんなに煙がモクモクと出るのかわからないが、交換した方が良いな。

 空調関係は保証期間中だったはずだ。その辺りはアパート購入時にしっかり確認した。多額のローンを背負うのだから。

 とにかく窓を開け、煙を外に出さなくては。

「ごめんなさいね、香澄さん。大家さんもこの場で確認したから、エアコンを交換するようにしましょう」

 真莉愛が諭すように話すと香澄はコクリと頷いた。


 保証期間中だからな。大丈夫だ。うん、きっと…


 そう自分に言い聞かせた時、俺の携帯が鳴った。

 良子からだ。

「お兄ちゃん、アパート大丈夫?」

「良子か、大丈夫だけど。どうしてだ」

「えっと、その近くに住んでる友達が写メくれて。怪しい煙が出てるって。でその写真にお兄ちゃんが買ったアパートが写っていたから」

「気になって電話くれたんだ。大丈夫、機械の調子が悪かっただけだよ。今、管理会社の人と一緒にきてるんだ。心配してくれたんだね。ありがとう」

「そ、そうよ。お兄ちゃん、抜けてるから」

「ハイハイ、抜けてますよ」ふてくされたような言葉を返したが内心では、まるで本当の妹みたいで可愛いなと考えてしまう。


「研二さん、ひょっとして会社の方からですか」

 魔莉愛が心配そうに俺を見る。

「お兄ちゃん、女の人といるの!」

 魔莉愛の声が良子に聞こえたようだ。

「ん、あぁ、管理会社の佐々木さん。一緒にきてもらったんだよ」

「フーン、そうなんだ」

 良子の声が少し素っ気ない感じになった。

「心配してあげたんだから、今度ケーキ奢ってね」

 そう言うと、良子は一方的に電話を切った。

 やれやれ、年頃の女の子の心は難しい。


 翌日、俺はベルクシステムから来たメールやこれまでの資料を洗い直してみることにした。

 自分が作っているプログラムが自分のアパートで使われるなど、偶然もいいところだが、細かいことは気にしない。俺もそれだけ社会に浸透するような製品開発に関わるようになったのだ。そういうことにしておこう。うん。

 俺は、開発チームを集めてミーティングを開催することにした。


 チームはプログラミング担当が二名とテスト担当が二名。俺が統括兼プログラマーで、協力会社から来た柿崎マリア(=真莉愛の男バージョン)の計六名だ。

 会議室でマリアと二人で待っていても、他のメンバーは誰もなかった。

「研二さん。時間間違えてないですよね?午後からミーティングでは」

「珍しいな。うちのチームは集まりは良いんだが、なんか、あったのかな。まぁ、もう少し待ってみるか」

 俺はマリアの向かいの席に座った。

「あれから香澄さんの調子はどお?」

「元気ですよ。今日はお店も休暇をとって里帰りしていますよ」

「里帰り? ということは…」

「えぇ、お察しの通りです」

「俺にはそっちの世界のことはよくわからなくて、行ったり来たりって簡単にできるの?」

「いいえ、結構面倒ですよ。その辺りは今度じっくりお話ししますね」

「それと、聞きそびれたんだけど、香澄さんの部屋に試験的にセンサー使ってたというけど、ああ言うのって大家の俺に一言あっても良いんじゃない」

「あら、確かメールでお伝えしましたけど。設備の定期メンテナンスの時に変えたんですけど、一部機材を入れ替えると。質問無かったからOKだとばかり思ってたんですが」

「いや、そんな細かいことまで大家って確認しないよ」

「あぁ~、なるほど。研二さんは結構『抜けてる』のですね。だから、研二さんがメゾン間飼の所有者になったんですね」

 はぁ?少しカチンときた。いや、この程度で怒っていては器がしれるという物だ。

 それに、少し気になることもあった。

「抜けてる、とは手厳しいね。だが、それと俺があのアパートを買ったこととどう関係があるの?」

「勿論ちゃんとした関係がありますよ。えーと、どう言えばいいかなぁ」

「マリア達が魔法で仕組んだ…わけじゃないよね」

「それは違いますよ」

 うーん、腑に落ちないことが沢山あるなぁ。ここはひとつ腹を割って話し合いたい。

 俺はマリアに向き直り、マジマジと見つめた。

「あのねマリア」

 急に、見つめられてマリアは驚いた。こちらの真剣さをわかってもらわなくては。

「僕は真剣なんだよ」そう言うと、俺はマリアの手を握った。

「使ったお金だって相当な額なんだ。僕は真剣に将来の事を考えているんだよ」


「あ、す、すみません。お邪魔でしたか」

 チームのプログラマの一人、金田君が、同じくプログラマの元木さんと一緒に会議室に入って来た。

「金田君、どうしたのって、オーーッと。これはこれは」と元木さんがメガネを指で押し上げて言う。やばい、この人、お喋りなママさんプログラマーだから、妙な噂が拡散してしまう。

「なんかお取り込み中って言うか、将来の事とかって言ってたような」金田君も目を輝かせている。金田君は美容師から転職した異色のプログラマーだが、彼も元木さんに負けず劣らず拡散力が大きい。二人とも時速百人くらいだ。

「告白っていうより、ひょっとしてプロポーズ‼︎」元木さんが目をキラキラさせて言う。

「いや、二人とも、ちょっと待て。マリアさんは男だぞ」変身しているが…

「成田さん、すごいです。男同士のプロポーズの場面初めて見ました」金田君もヒートアップしてきた。

 元木さんは何を妄想しているのかコブシを握って力説する。

「愛があれば性別なんて!!」


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