第4話 とりあえず、飲むか…

「おじゃましまーす、田中でーす」

 自分と同じか、いや、多分四〇代くらいの風貌のスーツを着た男が202号室に入ってきた。

「田中さーん、いらっしゃーい、あがってあがって」

 真莉愛は宮田姉弟の部屋を自分の部屋のように田中さんを招き入れる。

「こちらが新しい大家さんの、成田研二さん」真莉愛が俺の事を田中さんに紹介してくれた。

「はじめまして、大家さん。田中です」

 田中さんが俺に握手を求めてきたので、俺は彼の手を握った。

「い、イタタ」

 田中さんが尋常では無い力で握り返してきた。手が砕けるかと思った。

「あ、これは失礼」田中さんが慌てて謝る。

「だーめよ、田中さん、ちゃんと手加減しないと。田中さんの力は、このアパートでも一番なんだから。なんと言っても獅子の獣人なんだから」

「獅子の獣人と言うと」俺は恐る恐る聞いてみた。

「イヤ〜、自分などは大したもんでは」

 田中さんは謙遜しながら、上半身の服を脱ぎはじめた。

 武さんのからだに負けず劣らず、イヤ、もっと引き締まっている様に思える、見事な体だ。

 すると、徐々に変わり、顔はライオン、上半身も筋骨隆々の獣人に変化した。

「いや、これはお恥ずかしい。本当の名前は、ロロと言います。よろしく、大家さん」そう言うと、田中さんは元の人間の姿に戻った。

 さっきから驚きっぱなしだが、今回のは迫力が違う。ライオンの顔が目の前にあるというのは圧倒的な威圧感を感じさせられる。武さんがガルムを大人しくさせた感じ以上のプレッシャーを受けた。

「へー、大家さん、大したもんだな、ロロさん見て正気保っていられる人間なんてそうそういねーぜ」

 武さんが感心している。

「まー、ここのアパートの大家さんになるくらいの方ですから、相応の方だとは思いますが、何か武術の心得でもおありですか」

 義男も感心している。

 無論、武術の心得などあるはずがない。

「こんにちはー」「おじゃましまーす」

 玄関から男女の声が聞こえてきた。

「須崎さんと正木さんだわ」真莉愛がはしゃぐ。

 義男が玄関まで出迎えた。

 入ってきたのは、冷たい雰囲気のする30代くらいの女性と年齢がよくわからない落ち着いた雰囲気の小柄な男性だ。

「はじめまして、須崎です。で、これお家賃ね」

 須崎と名乗った女性から家賃の入った封筒を受け取った。

 中身を確認し、領収書を渡そうとした時、

「美味しそうですね」と須崎さんが小声で言った。

 特に料理の用意はしてないのになんだろう、と俺が不思議に思っていると、

「大家さん、美味しそう」

 須崎さんがニコリとして言った。そしてトカゲか蛇のような舌がチロチロと出た。

「須崎さんはリザードマンよ。須崎さん、大家さんが美味しそうだからって、食べちゃダメですからね」

 エッ、この人、人間食べるの!?

「ははは、大丈夫。須崎さんは人間は食べないよ」

 小柄な男性がフォローをいれた。俺の顔は余程ギョッとしていたんだろう。

「私は正木。よろしくね、大家さん」

「よ、よろしくお願いします」

 正木さんと握手をした。田中さんの様な怪力の持ち主ではない様で、いたって普通の感じがした。

「あ、あの〜、正木さんは普通の人間なんですか?」

 俺は恐る恐る聞いてみた。

「あはは、僕は人間だよ」

「えっ、魔界にも人間はいるんだ」

「そりゃいるよ。こちらの世界にだって悪魔や神様はいるだろう。まして、動物の一種の人間が私達の世界、魔界にいても不思議じゃないよ。もっとも数はとても少ないけどね」

「えっと、普通の人間じゃ魔界だと生きていけないんじゃ」

「まぁ、その辺は機会があるときにゆっくりと。今日は、ほら、お近づきの飲み会なんだから」

「そう、そう。研二さん。今日はあなたの新しい大家さん就任祝いなんだから」

 家賃取り立てる側の俺がこんなこと言われるってのは予想外だった。

「さ、さ、家賃もすべて回収できたことだし、飲みましょ、飲みましょ!!」

 真莉愛がいつの間にか缶ビールをもって、俺に渡してきた。

「つまみもできあがったぜ」

「さあっすがぁ、武さん」

 武さんが、これまた、いつの間に作ったのか料理を持ってきた。

「あの~、この料理は一体」

「俺が作ったんだよ」

「えっ、どこで?」

 この部屋のキッチンは誰も使っていなかったが、どうやって…

「あぁ~、さっき、転移してな、自分の部屋に行ってちょいとな」

 なるほど、すべての部屋は転移魔法で行き来できるようになっているだった。

「それでは、新しい大家さんに、かんぱーい!!」

 真莉愛が乾杯を宣言すると、住人が一斉に姿を変え、いや、元の姿に戻っていった。

 圧巻だ。戦隊ヒーロー物の変身シーン、いや、それ以上だ。

 武さんはオオカミ男に、義男さんは更に妖艶で体格も人間の時よりもたくましく、耳のとがったインキュバスに、田中さんは獣人(ライオン男)に、

 須崎さんはリザードマンと言ってたから爬虫類チックかと思っていたが、意外にも身体はほとんど人間で手と首がトカゲの皮膚っぽいような感じで、しかもグラマーになった感がある。

 正木さんと真莉愛は全く姿が変わっていない。

「さぁ、飲んで飲んで」

 宴会が始まると、どんちゃん騒ぎだ。

「あ、あの、皆さん、下の階の人に迷惑だから、もっとお静かに」

「大丈夫、ちゃんと防音強化の魔法をかけてるから」

 その「防音強化の魔法」とやらがどの程度の効果があるのか俺にはわからないが、ここはもう俺が普段生活している世界とは違う世界だ。

 細かいことは気にしないようにしよう。

 武さんや真莉愛がいろんな酒や料理を運んでくる。

「すごいですね。一人おいくらくらいで」無粋とは思いつつ念のため聞いてみた。

「大丈夫よー、心配しなくても」真莉愛が笑いながら答える。

「えーと、無料ってこと?」

「そ、そ。全部、経費に入れておくから」

 そっか、じゃ安心だな。

 イヤ、経費って…

「あの経費って…」

「いやーねー、要は、大家さんにつけておくからってことよ」

「なんだって!」

「大家さん、ご馳走様でーす」

「ありがとうございまーす」

ローン完済の日は遠い。





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