第2話 202号室にはサキュバスが

「お兄ちゃん、早く早く」

 年の離れた従姉妹、高田良子が俺に手を振る。間飼町まかいちょうにあるアパートについて不動産会社に連絡入れる前に環境や立地は知っておこうと、ここまで良子と一緒にきたが、10代の子は元気がいいのか、良子はいつの間にやら俺より少し先を歩いていた。

 良子とは年は離れているが、俺が学生の時から気が合い、家の近い親戚だからか互いの家に顔を出すし、たまに一緒に出かける間柄だ。俺が三十路の半ばを迎えようとしているオジサンになってしまっても『お兄ちゃん』と呼んでなついてくれている。しょっちゅう、おごらされたりするのだが、悪い気はしない。

 正直、両親や兄弟とあまり交流していない俺にとっては、多少たかられようが、この子は大事な親戚なんだと思う。高校2年生になった良子は、オカルト研究会を校内に立ち上げた。たまに俺の部屋に押しかけてきて、どこで仕入れてきたのか陰陽師とかエクソシストの知識やグッズを披露する。


 良子は人付き合いが苦手な子ではないが、オカルトの話ができる友達が周りにいないのだろう。そんな事を考えながら手を振る良子に追いついた。

「ビックリしたよ。お兄ちゃんがマンションを買うなんて言うから」

 歩きながら良子が話かけてきた。

「マンションじゃなくて、アパートだって」

「そうなんだ。でも、一体どうして?お兄ちゃん、この前…」良子が言いづらそうにしている。俺が離婚した事を知っているからだろう。家庭を持った三十代の会社員が住宅ローンを使ってマンションやマイホームを購入すると言うのはよくある話だと思うが、離婚したばかりの男が不動産を買うなんて事はあまり聞かない。


 子供が生まれた時やマイホームの購入といった将来に向けて貯めていたキャッシュを、離婚の腹いせにパーっと使ってやろうと思っていたが、思いとどまりそのお金を投資に回すことにした。当初は株やFXを検討していたが、偶然「タニマッチィ」という不動産投資サイトを見ていたとき、自分が住んでいる部屋の隣の市、T市の間飼町と天塊町てんかいちょうに目を引く物件が見つかった。

 間飼町の物件はアパートにしては珍しいレンガ風の外装でオシャレだ。そして表面利回り(年間家賃収入÷物件価格×100)が66.6%という驚くべき 数字が載っていた。ありえねぇだろ、釣りか? うかつに不動産会社と接触して営業攻勢をかけられても困る、と思ったが、妙にこのアパートが気になった。

 築年数とアパートの外観、おおよその住所以外の情報が伏せられていたので、おれはこの物件について自分で調べることにした。

 見つからなくてもいいから散歩がてらアパートを探す事を、オカルトグッヅを見せに部屋にやってきた良子に告げると、「あたしの術で場所を特定してあげる」と、思いっきり怪しい提案をし、アパートの画像を見て何やら怪しい呪文を唱え、「この辺りにあるわ」と検索サイトの地図アプリで周辺の画像をダウンロードした。だが、その画像にアパートは写ってなかった。

「ここに、あるわ。きっとあるわ。画像が切れてるとかで写っていないだけよ」とムキになって主張するのでとりあえず確かめにきたのだ。


「うーんと、良子が主張していた場所って確か…あそこの角を曲がって」

「有るって、絶対。無かったら、お兄ちゃんケーキ奢ってよね」

「なんでそーなる。そこは、無かったらケーキ奢ってあげるね、だろ」と笑いながら良子からの無茶振りに答えた。

 角を曲がって少し先を見る。

「あれって画像の」俺がつぶやく。

「ほっらー、あったじゃん。あのオシャレな建物。絶対そうだよ」

「凄いな。どうしてわかった」

「だから術だって。ヘッヘーンだ」良子は大威張りだ。


▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼


 そう、確か良子に見つけてもらったんだよな、このアパート。

 俺は羽と尻尾を生やして、爪を伸ばして俺につきたてようとしている宮田香澄を前にこのアパートを購入する前の事を思い出した。


「ただいまー、誰か来てるのって、姉さん、何してるの」

「お邪魔してます。義男さん」真莉愛が部屋に入ってきた男に挨拶をした。

 アイドル級のイケメンだ。

「真莉愛さん、と言うことはこの人は」

「そ、新しい大家さん、成田研二さん」

「で、その大家さんに姉さんは下着姿で何をしてるの」

「だってー、今、家賃の持ち合わせがないって言ったらコイツが体で払えなんて言うから」

 爪を引っ込めた香澄が体をクネクネさせながら言った。

「言ってない、言ってない。いつ用意できますかって聞いたら」俺は慌てて否定した。

「はぁー、大体わかりました。姉さん、僕がお金おろしてきたから」

 と、義男が鞄から封筒を出しながら言うと、僕に手渡した。


「すいません、大家さん。姉さんが驚かせちゃって」

 リビングに通された俺と真莉愛は義男からお茶をご馳走になっていた。

「いえ、とんでもない。これ、領収書」

 香澄は出勤しリビングには俺と真莉愛、義男の三人がいる。

「あの、真莉愛さん、詳しく教えてくれませんか。武さんや宮田さんの事。プライベートに踏み入るわけではないですけど、さっきからびっくりする事だらけだから」

「えぇ、今日の回収が終わってからにしようかと思ってたんだけど。しょうがないわね。私、武さん、宮田さん姉弟、そしてこのアパートの2階の住人は、魔界の住人なんです」

 俺は呆然とした。魔界?そんな世界がこの世にあるのか。武さんや香澄さんの変身は遺伝子工学のなせる技、強化人間、というノリかと思ってたんだが。

「あの、魔界って言われても」俺は理解できない。

「ピンときませんよね。まぁ、研二さんが住んでいる、この世界とは違う異世界の住人、と思ってください」

「はぁ、でも、義男さんは…」

 どこから見ても普通の人に見える。

「僕も姉さんと同じ魔界の住人です。僕や姉さんは夢魔族。姉さんはサキュバスで僕はインキュバスです」

「サキュバスって言うと…」なんかエッチな事をして人間を困らせる悪魔だったような。

「こちらの世界ではサキュバスやインキュバスって卑猥な事をする悪魔っていうイメージが強いようですね。私達は生物の持つ生理的な能力、こちらの世界でいうホルモンやフェロモンを操作する術や眠っている生物の夢を操作する術を使える種族、性行為をしまくる生物ではないのです」義男は俺が抱いたイメージを察したのだろう。彼等の種族について詳しく説明してくれた。

「あと、姉さんのこと、ホントすいません。今日はお店の日だから、薬を飲んで性格変えちゃっていて。本来はすっごく内気なんです」

 ピンポーン♫

ドアフォンが鳴った。来客のようだ。

「武さんですね、ちょっと待っててください」

 カメラで確認した義男は武をリビングに通した。

「よっ、大家さん。なんかドタバタしてたみたいだけど。とりあえず、二人の靴もってきたよ。玄関においてあるから」

 この二人が並んで立つと、女は騒ぐだろうな。タイプの違うイケメンが並んでるんだから。

「あぁ、すいません。今、皆さんの事を説明してもらっているとこでして」俺は武に礼を言った。

「この武さんは人狼族。こっちの世界ではワーウルフとかオオカミ男って呼ばれてますね」真莉愛が説明してくれた。

「まっ、よろしくな」武さんが俺にウィンクした。

「203号室の須崎さんは蜥蜴人とかげじん族、こちらではリザードマンって言われていますね。205号室の田中さんは獅子人族、この世界でいうところスフィンクスでしょうか。でも獅子人族は頭が獅子で体が人間と、スフィンクスとは逆ですね。206号室の正木さんはちょっと変わっていて、悪魔族と人間のハーフ」

 真莉愛はこの場にいない住人について一気に説明した。

「そしてー、この私、佐々木真莉愛ささきまりあは、なんと生粋の悪魔族の魔女なのです」

 真莉愛さんって、魔女だったのか。

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