サラリーマン大家と魔界アパート

岩上尚行

初めての家賃回収 編

第1話 201号室にワーウルフ?

 ピンポーン♫

 「すいませーん。先ほどお電話した成田ですけど」

 201号室の最新型カメラ付きドアホンを鳴らし、マイクに向かって自己紹介する。

 今日は俺、成田研二が先月(多額の借金をして)購入したアパート、メゾン間飼まかいの家賃回収日だ。


 家賃の支払いは銀行口座から引き落とし、もしくは振込んでもらうのが一般的だが、このメゾン間飼の一部の住人の家賃は、自分で回収しないといけない。

 購入時も管理を委託する時も、銀行振込にしてくれるよう管理会社と交渉したが、この点は受け付けてもらえなかった。これまでの慣習だ、なんだかんだと押し切られてしまったのだ。


 201号室の住人、武さんから返事はない。

 「おかしいですね。この時間は居るはずですし、先程、電話したら居るって言ってたんですけど」

 このアパートの管理を手伝ってくれる、佐々木 真莉愛ささきまりあが首を傾げる。赤く染めたショートヘアーのグラマーな女性だ。彼女は、メゾン間飼が前のオーナーに所有されている時からアパート管理を手伝っている。真莉愛の手伝い賃も管理手数料に含まれている。


 今日は金曜日。プレミアムフライデー。俺の勤め先、KEIYOUシステム開発は働き方改革を積極的に進めているので半休や休みを取る事には寛大だが、だからといって仕事の量が減るわけではない。スケジュールのやり繰りをして、なんとか開けた時間なので、キッチリ家賃を回収して、ローンの返済もスムーズに進めたい。


 「もう一度押してみるか。すいませーん、たけさん。いらっしゃいますか」

 「あー、すいません。開けて入っちゃってください。さっきシャワー浴びて、着替えてるもんで」

 ドアホンから慌てた声が帰ってきた。男の声だ。

 「それでは失礼しまーす」

 俺は真莉愛と一緒に201号室、武さんの部屋のドアを開け中に入った。

 「すいませーん、ちょっと待っててくださいね」

 奥から武さんの声が聞こえてきた。多分、体を拭いているんだろう。

 「たけさん、体臭を気にしてるんでしょうね」真莉愛まりあが呟いた。

 体臭?アパート購入の時に引き継いだ住人の賃貸契約書には職業は植木職人と書かれていたと思ったが、仕事で汗臭くになってしまったって事だろうか。


 ガタッガタッ。右横にある下駄箱が何やら揺れていた。玄関を開けたとき、中に入っている物が落ちそうになったのかもしれない。ちゃんと閉めておくか、そう思った俺は下駄箱に手を伸ばした。

 「あ、いけません。成田さん。そこには」真莉愛まりあが慌てて俺を止めようとした、その時。

 バンッ。中から何か出てきた。

 「ガウ、ガウ、ガウ、ガウッ」獣の首が飛び出してきた。

 「わ、わ、わ、な、何これ」俺は急いで扉を閉めようとした。獣が外に出ようとするのを、食い止めるため扉を閉めようとした。

 「ガウ、ガウ、ガウ、ガウッ」

 な、なんだこれ、犬、ドーベルマン?いや、オオカミか?

 「ま、真莉愛さん、ここペット飼うの禁止にしてたはずだけど」熱っ。急に足に激痛が走った。

 「えっ、口から火が出てるけど。アチッアチッ」

 

 「あーゴメン、ガルム出て来ちゃった。ちょっと待ってて」

 たけさんの声が聞こえて来た。しかし部屋の奥から出てきた武さんを見て、今度は血の気が引いた。狼の顔をした人のような生き物が出てきたのだ。

 「おい、ガルム。大人しくしろ」

 「しゃ、喋った。狼の人間が喋った」

 俺は下駄箱からクビを出している狼(ガルム)を抑えながら目の前の獣人を見入っていた。

 狼男だ。確かに狼男だ。その狼男の顔がニヤリと笑ったように見えた。ヤバイ、俺、喰われる。

 「武さん。脅かしちゃダメですよ。大家さんびっくりしてます。ちゃんと事情説明するまで人間の姿でいてねって言っておいたじゃないですか」

 「あー、これくらい大丈夫だろう。死ぬわけじゃないんだし」


 「いや、死ぬって。今、俺、襲われてるって。この犬のキバ見てよ。っていうか、あんたが俺を喰い殺すって感じじゃん」

 狼男のやる気のない受け答えに俺もカチンときて、開き直ってきた。

 「ウルセェなぁ。おら、ガルム、首引っこめろ」狼男が目を光らせ、そう言うと、凄まじい悪寒を感じた。何か気のようなものを放ったのか。ガルムと呼ばれた犬は途端におとなしくなった。同時に俺も足が震えてきた。こんな感じをしたのは初めてだ。


 「お、ただの人間にしちゃ根性あるじゃねぇか。大概は腰を抜かすんだがな」

 狼男はガルムと呼んだ犬を下駄箱に押し込めると、見る見るうちに人間の男の姿になった。


 「はい、これが今月分の家賃」

 「た、確かにいただきました」リビングに通され、家賃を受け取った俺は領収書を書いて、武さんに渡した。

 どこから見ても人間だ。しかも精悍な顔付きのイケメンだ。

 「佐々木さん、何にも説明してないんだよね。早く新しい大家さんに事情を説明してやんなよ」

 たけさんが真莉愛まりあに向かって言った。

 「今日の分の回収が終わってからにしようかと思ってたんだけど」


 バタン。

 隣の202号室からの音だ。玄関を思いっきり閉めたのだろう。こちらの201号室にも聞こえた。

 「あっ、香澄さん帰ってきた。あの人、今夜は出勤だから、今のうちに家賃もらっておかないと、すぐ出ちゃう。いくわよ、成田さん」

 真莉愛まりあは、そう言うと俺の手を引っ張り、玄関ではなく奥の部屋に俺を連れ込んだ。武さんの事を俺に説明する事はすっかり忘れているようだ。

 電気をつけていない薄暗い部屋に(しかも武さんの部屋の)俺を引っ張ってきた真莉愛は何やら怪しげな言葉をつぶやき始めた。

 「*¥#@*%%###*-¥」

 真莉愛まりあが何を言っているのか俺には聞きなれない。

 キョトンとしていると、周りに魔法陣、もしくは太極図っぽい円状の光が現れ俺たち二人を包み込んだ。


 「え、何、これ」

 俺は呆然としていると、目の前の光が徐々に消えて辺りの様子が見えてきた。

 リビングのようだ。隣にいたはずの真莉愛まりあの姿は無い。

 さっきまでいた部屋と似た作りで、壁のクロスも同じ模様だが、家具が異なっていた。

 「義男来てるの、ちょっと姉さん着替えてるから…」

 ドアから出てきたのは下着姿の綺麗なお姉さんだ。

 「キャーッ。ちょっと、あなた誰、変質者」

 「い、いや、自分はこのアパートの…」魔法陣に放り込まれたオーナーだ。と言おうとした。

 いや、魔法陣に放り込まれ気がついたらこの部屋にきてました、と言っても信じてもらえるはずがない。

 どうする、どう説明する、と俺が慌てふためいていると、お姉さんの様子が変わってきた。

 「ふんっ、私の部屋に忍び込むなんていい度胸ね」

 そう言うと、彼女の頭から角、背後から黒い羽根と尻尾が生えてきた。

 なんだ、この人もたけさんみたいに体を変えられるのか。

 「引き裂いてやるわ!!」

 爪を腕くらいの長さに伸ばし、俺につきたてようとする。

 こ、こわい!! この人、悪魔姉さんだよ。

 これ、シャレにならないかも。

 「まって、待って、待ってー」真莉愛まりあが悪魔姉さんの後ろのドアから出てきて俺との間に割って入った。

 「香澄かすみさん。ごめんなさいね、あたしも一緒のつもりだったんだけど、間違えちゃって」

 「佐々木さん。じゃあ、この人は」

 「そう。新しい大家さんよ」

 「なーんだ、そうなんだ。それならそうと早く言ってよ。てっきり変質者かと思っちゃったじゃない」

 忍び込んだわけではなく、いきなり、この部屋に転移させられたのだが、それは、まぁ、いい。

 真莉愛まりあの言葉から、この部屋はメゾン間飼の202号室、宮田香澄の部屋のようだ。

 そうとわかれば、とにかく家賃の回収だ。


 「はじめまして。成田と言います。このメゾン間飼まかいのオーナーです。今日は今月の家賃を」頂きに参りました、と言葉を続けようする。

 「わーわーわー」香澄さんが、急にそっぽを向いて喚き始めた。

 意外な反応だったので、俺は呆然としたが、気を取り直して、

 「あの、今月の家賃を…」

 「無いわよ」

 「へ、いや、宮田さんは手渡しで頂く事に」

 「今、無いわよ」

 「いや、毎月の最終金曜日は家賃の支払い日と契約されて」

 「いっやーん、あたしぃー、今、お金がぁー手元になくてー」

 香澄さんは羽と尻尾を生やし下着の姿で体をクネクネさせた。

 このアパートを購入する時、手渡しの人も含め、家賃の支払いに関してはすごぶる良好な人達が住んでいると聞いていたが。

 しかし、ここは穏便に行くべきだ。

 「えっと、宮田さん、いつお支払いいただけますか」

「んっとー、わっかんなーい」羽と尻尾を生やし下着の姿悪魔姉さんが体をクネクネさせながら可愛こぶる。

 少しの日数待つのはなんでも無いが、舐められたらいけない。

 「いや、そては困るので」来週までに…と言葉を続けようとしたら。

 「うっさいわねー、無いものは無いのよ」

 逆ギレをして、爪を更に伸ばしてきた。

 201号室の武さんは、どういうカラクリになっているかわからないが、下駄箱に恐ろしい犬を飼って、狼男に変身する。

 202号室の宮田さんは羽と尻尾を生やして体をクネクネさせながら家賃の支払いを渋る。

 ローンの支払いが…

 この物件買ったの失敗だったのか。このアパートを始めて見た時の事が頭によぎる。

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