第6話

 なぜ私が先生を好きになったのかといえば、それは彼が私にとって唯一の理解者であるような気がしたからだった。

「そんなのは幻想よ。あいつはマニュアルでやってるだけだもの。あの人はね、アキさん。人に好かれている自分が好きなだけであって、あなたのことなんて見ていないのよ」

 マイコさんは失恋した私に追い打ちをかけるように耳元でそんなことばをささやいた。蒸発しはじめたイランイランの濃厚な香りが部屋に漂う。さきほど直接嗅いだときよりも深く体の中に入り込み、脳の奥を麻痺させた。甘い香りに頭がくらくらし、目が潤んで心拍数が上がる。

「女の子を救えるのは、女の子だけなのよ」

 肌が敏感になったようで、耳に当たるマイコさんの息さえくすぐったかった。彼女から逃れるために体を離そうとしても、腰に回された手がそれを許さなかった。

「だから、アキさんの真の理解者は私でしかありえないのよ」

 ことばの終わりと同時にマイコさんは覆いかぶさるように私を押し倒し、私の唇を奪った。それだけでは飽き足らず、貪るように彼女の舌が口内を蹂躙する。私は抵抗しようと思いながらもそれができず、むしろ身体は彼女を求めるように動いた。マイコさんは私の小さな胸の形を確かめるように手を這わせた。

 もうどうにでもなれ、と思い始めたそのとき。強烈な風が部屋の窓を押し開け、なかに吹き込んできた。なだれ込んできた風は部屋中を駆け回り、ロウソクの火を消して水を冷まし、イランイランの香りを根こそぎ外に持っていった。

 あまりにも大きな音、突然のできごとに正気づいた私は、驚いて窓を振り返っていたマイコさんを押しのけた。

「帰ります!」

 私は身だしなみを急いで整え、マイコさんの制止も聞かずに屋敷から飛び出していった。


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