第3話

 昼休みになると、私は友人の誘いを断って図書室に向かった。図書委員さえまだいない無人の図書室で、私がまず手に取ったものは植物図鑑だった。そこから白檀のページを見つけて開くと、青々とした楕円形の葉の写真が掲載されていた。英名はサンダルウッド。原産国はインド。お香や扇子の骨に使われることがある、など用途は詳しく書いてあったものの、香り自体の言及はなかった。私が不完全燃焼のまま図鑑を閉じて辺りを見回したとき、一冊の本に目が止まった。アロマオイル辞典。その本を手に取って索引を見てみると、そこにはサンダルウッドの表記があった。ページを開くと、白黒印刷で文字ばかりのなかにサンダルウッドの効能がきちんと書かれていた。

深い甘みを湛えた特徴的な香りでお寺を連想させる。心を鎮め、緊張を和らげてくれる。

 緊張を和らげる。この香りは先生の関心を引くというよりも、私が落ち着いて告白できるように、というおまじない?

「あらあらあら」

 突然、うしろから楽しそうな声が聞こえた。驚いた私が本を取り落としそうになるのをなんとか防いで振り返ると、にやにやと笑みを浮かべたマイコさんが本棚の影に隠れるように、顔だけを覗かせていた。

「私の香りがすると思ったら、アキさんだったのね」

 私はそのことばにドキっとした。おそらく家でアロマオイルを焚き、芳香浴をしただろうマイコさんは全身から白檀の香りを漂わせていた。それと同じものを持っている私からも当然その香りが漂うわけで、なんとなくマーキングされたような気分になった。

「何を調べているのかしら。アロマオイル図鑑?」

 マイコさんはひょいと私の手から図鑑を奪い、ぱらぱらとページをめくった。

「こんなものより、私のほうが詳しくてよ? うちに来てくださったら、いろいろ教えて差し上げるのに」

「いいです。それは」

「お堅いのね」

 マイコさんは図鑑を元あった場所に戻し、私の手を取った。

「なにも食べていないのでしょう? 私もよ。昼休みが終わってしまう前に、ね?」

 そう言ってマイコさんは私の手を引き、図書室から出て行った。

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