⑨深まる闇(ギャグ100%)
「ギャアアアアッッッ」
「地獄絵図だわ……」
「もっと、もっとぉぉぉ……!!」
季節はちょうど冬だっただろうか、喫茶店に現れたとある男の一言でこんな惨劇が起きた。
–––鍋パしないとストーカーしちゃうぞ☆
その顔は一切表情筋が働いていなかった。
***
都内の裏通りにある隠れ家系喫茶店“cachette”は、いつもお客様で溢れている。
右を見ればざわくん目当ての女の子。
「ざわくん〜♡♡♡」
「はぁーい、パティシエおまかせパンケーキです!俺の好きなように作ったのだから、お代はもちろん……」
左を見ればチーム黒服。
「ねぇ、新手の嫌がらせか何かなの?ねえ無視しないで店長ォ好きぃぃぃぃ」
後ろというか裏方を見れば、ウドと黒服達がいそいそと働いている。
「今日はパスタが多いなや」
「シェフ、寝かせていた生地でアタラシイものを作りますネ」
「そうしてけ」
店長は平和な店内を見て、ほっと胸をなでおろした。
「ねぇ、店長。よしよしじゃないよ。本当今日どうしちゃったの?ねぇ、店長!!」
だから目の前のことからは目をそらしたかった。
「百合子……それ以上僕を無視するようなら、僕だって考えがあるんだよ–––僕と鍋パしないと(法律に差し障りのないギリギリのラインで)ストーカーしちゃうぞ☆」
知ってる人も知らない人も説明しよう。彼は百合子のケータイに“外務省”と登録されている普通にエライ官僚の方だ。全くもって無表情だが、これは彼の仕様なのでツッコミはなしだ。
もちろん彼も店長の体質によって恋に落ちたと言っても過言ではない有象無象の一人である。
「あのね、ストーカーなんてもうしてるでしょうが……」
百合子は昨晩のことを思い出していた。SNSでものすごくボソッと呟いた「黒毛和牛食べたい」という一言を見て、出張先からヘリコプターで自宅に突撃してくるようなデリバリー男のことを。
「職権なんて乱用してないから。あれはあくまでも愛だ」
「そうだね……自分の意思を押し付けるのも愛といえば愛だよ」
全く進まない話に変化を加えたのは、青いメガネがキラリと光る硝酸だった。
「どうも外務省くん、久しぶりだね」
「しょうさ……まだ生きてやがったのか」
「おかげさまでね。今日は妹と一緒に来たんだ」
百合子が気づかぬうちに、ざわくんはいちごちゃんと楽しげに談笑している。これはいつも思う事なのだが、あれだけ女の子と話しているのに、よくスイーツのクウォリティーや種類を保っていられるのか謎だ。
「鍋パーティーいいじゃないか」
「硝酸!!」
「外務省くんもやりたそうにウズウズしているし……いちご、お兄ちゃんと鍋パーティーに行かないかい?」
百合子の抗議の声も虚しく、話はトントンと進んでいく。
「鍋……パーティー?」
「冬にはいいよね!俺闇鍋とかあると興奮する!」
どうやら参加する気満々な声がチラホラと聞こえてくる。
「鍋パなんて俺が教えてあげるよ!」
「ありがとうございます。いつもすみません……」
「いいっていいって!楽しみだな〜」
いくら黙り込んでも、話は止まらない。
「鍋の仕込みしねぇどもな」
「お嬢様、近日鍋パーティーが催されるようです」
百合子はついに腹をくくる。
「会場は……この色ボケクソピンクの家よ!!」
「え、俺の家!!!???」
***
ざわくんの家はかなりいい場所にある。都内のくせに静かだし、部屋自体も広い。なのに家具という家具は一切なく、引っ越し前のような部屋の感じが、余計に部屋を広く見せていた。
キッチンだけはフル装備だったけれど。
「これだけ広ければパーティーでもなんでもやり放題でしょ」
「履歴書に住所書くんじゃなかった……」
「それじゃあそもそも採用されないでしょう。アホなの?」
「アホです!!!!」
ソファーもイスも無いとはいえ、地べたに座るわけにもいかない。申し訳程度に座布団が敷かれ、黒服さん達が机を運搬した。外からヘリコプターでやって来た人は、超高級食材をこれでもかと持って来る。
加えて山田さんがいいワインやらシャンパンやらを持ってくるものだから、すぐに和気藹々とした空気になった。
「いちごちゃん、手伝させてごめんね」
「いえ!私こそ、ざわくんさんのお手伝いができて光栄です」
「そっか、嬉しいな〜〜あ、そこの下から果物とってくれる?」
「はい!」
食べるという作業が嫌いなざわくんと、大勢の中でも食事が苦手ないちごちゃんで、シメのデザートを作っていた。
彼女が冷蔵庫を開けると、そこには店でも見たことのないスイーツが数え切れないほどに入っている。
「あの、これって……」
「あぁ、試作品だよ。上の段のは結構うまくできたから、今度お店でも出そうと思うんだ。楽しみにしててね」
これだけあるのなら、ここから出せばいいのにと思ったが、いつもと違う笑顔にいちごは黙った。触れてはいけないような笑顔が、兄のよくする表情に重なって見えたのだ。
「はい、楽しみにしていますね」
「……その顔はちょっとヤバいかも」
「えっ!?」
すっかり緊張しなくなったいちごが見せた微笑みに、胸がざわくんは苦しくなった。そんな赤くなる二人をよそに、チーム鍋は盛り上がる。
「ウドさん、あーん」
「ん(生だなこれ)」
「美味しい?」
「ん(生だなこれ)」
隅の方で二人の世界を作っているのはウドと繋だ。彼女の後ろには黒い影が見えたり見えなかったりしている。
「だから僕は君のことがぁぁぁ」
「はいはい泣かないで外務省くん」
すっかり泥酔している外務省さんがいたり、黒服さんで部屋の人口密度が大変なことになったりしていた。百合子と山田さんはベランダで涼んでいた。
「私あそこに戻りたくないな……」
「そうですね……」
「ん……、山田だけが頼りよ……」
百合子は少し振り返る、楽しげな空気に微笑ましい気持ちになる。特にキッチンはそうだ、ざわくんは普段から張り付いたような笑顔をしているがいちごちゃんに見せる笑顔だけはすごく自然だ。
「……に似てるからかしら」
ボソリとそう呟いて、何もないこの部屋を思い出す。空っぽの空間に対して、キッチンだけが無駄に設備が整っている。それが彼の全てを物語っているようで、百合子は目を閉じた。まだ少し、幸せの余韻に浸って何も考えたくなくなったのだ。
その時だった。
ガラガラッ……バッシャン!!
「な、何事!?」
明らかに事故があった音が聞こえる。音からして鍋に何か入ってしまったのだろう、明らかに嫌な予感しかしない。
確認できたのは、
①真っ青な顔をして今にも泣きそうないちごちゃん。
②そんな彼女を慰めるざわくんと硝酸。
③硝酸がいなくなったことで歯止めが効かなくなった外務省が、次々に謎のものを鍋に入れる。
④それをどんちゃん騒ぎだと勘違いした繋が「闇鍋ね!」と言い始めたこと。
つまり、
「闇鍋ね」
「繰り返さなくていいわ!!」
後は冒頭に戻る。
阿鼻叫喚の地獄風景がそこにできており、百合子が頭をかかえる。
「犬、これは何かしら……」
「お
ざわくんが泡を吐きながら白目を向いている。しかし顔は気持ち良さそうだ。
「ごめんなさい私のせいで〜〜」
「大丈夫だよいちご、こうやって美味しそうに食べてる人もいるじゃないか」
「ウゴゴゴゴッウゴッゴ(不味いやめてくれ美味しくない青い悪魔が……)」
本当に外務省はログアウトしてしまったし、山田さんは次なる犠牲を探しに黒服達に珍味の鍋を食べさせようとしている。
こんなに怯えている黒服達は初めて見た、そんな日だった。
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