⑧告白される店長

「石油王」

「大富豪」

「有名指揮者」


「もうそれ以上言わなくていいから!」



喫茶店“cachette”は、今日も通常運転である。店長がまるで物語のように告白されまくるのもいつも通りだ。



「俺らに内緒で山田さんとアラビアンナイトな旅行をするからこうなるんですよ」

「あの時は本当に面白かった。私、百合子の友達で私よかった……」

「やめてほんと、思い出しても虫唾が走る……」


その時の光景は実に面白いものだった。サウジアラビアのとあるバーで山田さんとカクテルを飲んでいると、百合子さんは突然VIPルームに通されたのだ。そこで待っていたのは石油王一号、いきなりムーディーな音楽が生で流れてくる。ちなみに一号と記載したのには、石油王が一人や二人で済まなかったからだ。



はい告白。




はい玉砕。




アプローチはまだ続き、一番最後にバーの店長に連絡先を渡されるまで求愛は続いた。ちなみ彼女は一度たりとも連絡先を公開したことはない、ありとあらゆる権力を使われていつの間にか情報が漏れてしまうのだ。



「君を第一夫人にしたい」

「やめなさいよ本当!」



山田さんが意地の悪い顔で店長をいじめていると、ウドが何かを作ってきた。



「まかないでも食べば、落ち着くっしょ」



先日の結婚騒ぎは何処へやら、ウドはすっかり何事もないかのように料理を出した。



「わータコライスだぁ!!」



今日はざわくんが食べたがっていたタコライスが出てきた。野菜もたっぷり乗っているので、女性二人も興味津々だ。



「あの店のタコライスは味が濃すぎてダメだったわ……やっぱりウドじゃないと」

「ウドさんのお料理は本当に美味しい」

「はぁ、山田さん!僕を椅子にして食べて!!」



ちなみにざわくんがもらったバレンタインのチョコは、ミネラルたっぷりの土でした。



「しかし朝晩がないっていうのもなかなかいいわね〜〜またやろうかしら」

「ちゃんと店を開いてください、俺のデート代が無くなります」



ちなみに本日は喫茶店は休業日。夜のバーはいつも通り開いているため、山田さんはこれからが仕事だ。



「俺らは店長たちのご飯を作りにきただけなので、後は帰りますからね!もうもう」

「終わる頃に迎えに来んで、呼んでくだざい」



こういう特別な日には、百合子さんは決まって化粧をしてドレスを着る。もともと美人な百合子さんだが、オシャレをすると余計な虫がついてくるために滅多にしないのだ。

空気を読んで、喫茶店メンバーはそれには触れないのだが。



「家からワインボトルを持ってきたの」

「それ高いやつじゃない!ありがとう山田〜〜。でも申し訳ないー!」

「気にしないで大丈夫だから」



バーだけが開店している日は、普通のお客様は知らない。それこそ百合子が通されたVIPルームのように、限られた人だけがやってくるのだ。



–––カラン、コロン



「やあ、先日はご迷惑をかけたようで。妹のことも良くしてくれてありがとう」



–––やってきたのは硝酸と呼ばれていた男だった。


テーラースーツを着て、青いメガネをかけたなんともうんくさそうな男だ。

山田さんは分かるか分からないくらいに嫌そうな顔をしていたが、百合子は安心しているような顔をしていた。



「貴方の頼みだもの、それに繋さんは悪くない。むしろウチのバカと仲良くしてくれてありがとうって言いたいくらいだもの」



山田さんは気づかれないようにそっと席を外して、黒服たちに何かを耳打ちしている。



「そのピアス、気に入ってくれたんだね」

「分かったの……?恥ずかしいじゃない」



恥ずかしそうに百合子さんは耳を隠す。

硝酸と楽しげに談笑する百合子を尻目に、山田さんは屋上で霊能少女と会っていた。


いつも通りの黒髪が夜風に吹かれて、より怪しく見えた。山田さんはいつも通りの掴めない表情で繋を見ている。


「わらわは忠告しに来たの、よありがたく思いなさい」



山田さんはいつもの微笑みを見せている。



「硝酸には近づかない方がいい、それにお前も“アレ”からは逃れられていない」

「ふざけないで!!」



山田さんが手をあげるよりも先に、いつもそばに控えている黒服が狙撃をした。少女の姿は靄となって消えていく。



「わらわは争いたいわけではないし、大木にも嫌われたくない。じゃ、迷惑をかけた分は働いたからね」



複雑に思考が絡まり合う。


夜の帳が下りる中、桃色の髪をした少年はネオンの光に包まれていた。




–––瀧澤氏の捜索活動はフランスにも拡大されました……で経験を積んでいた……は……–––




ポツリポツリと聞こえる声から逃げるように帰路に着く。



「“僕”は一体、誰なんだ」



桃色の髪の少年は、全てから逃げるように眠りについた。

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