俺たちは異世界で戦い何を願うのか

遊希 類

序章 強き願いの二人

――お前たちには魔王を討伐してもらいたい。



 「……ここは……どこだ……?」


 俺は確かに自宅のベッドの上で寝ていたはず。しかし、目が覚めると何もない白い空間に横たわっていた。

 いや、何もないわけではない。もう1人男が横たわっている。

 その男も目を覚ますと、同じように今置かれている状況が理解できていない様子だ。

 すると、何もないはずの白い空間の一部がゆらめき始め、何者かが姿を現した。


「来たな。我が選抜し現実世界の者たちよ」


 何もない空間から突然現れたのは白い服を着た男だった。


「私は……そうだな、神と名乗っておこう。その方がわかりやすいだろう」


「「神……?」」


 俺ともう1人の男は、いきなり現れた神と名乗る男に目線を向けた。これは夢なのか? そんなことを考える間もなく、神と名乗る者は言葉を続ける。


「お前たちは現実世界の住人だな。お前たちをここ呼んだのはもう一つの世界である異世界へと行ってもらうためだ」


「い、異世界……?」


 異世界とはいわゆるアニメや漫画などの架空の話でよく出てくる世界だが、行くとはどういうことなのだろうか。

 行くとは言ってもそれは創作上の世界であり、そんなことは現実で可能とは思えない。


「どういうことだ……。最初から説明しろ、なぜ俺はここにいる」


 もう一人の男が白い服の男に質問を投げかけた。


「現実世界からの刺客を異世界に送り込みたかったのだ」


「……異世界とはなんだ?」


「この世界はお前たちの住んでいた現実の世界といわゆる異世界と呼ばれている世界の二つが存在する。その二つは平行した世界であり、互いに干渉することはない。だが、今そのバランスが崩されようとしている」


「そのバランスが崩れるとどうなるんだ?」


「干渉できなかったはずの二つの世界を行き来することが可能になる。つまり、お互い干渉することのできなかったもう一つの世界に干渉できるようになるということだ。異世界は現実世界で言うところのファンタジーのような世界、現実世界の常識を捻じ曲げることなど容易い。それも、魔王ともなればな」


「魔王……? ゲームなんかでよくあるようなやつか?」


「ああ、その解釈で間違っていない。その異世界で魔王が異世界を支配しかけている。完全に支配されてしまうことがあれば平行バランスが崩壊し、現実世界にも魔王の軍勢が押し寄せることだろう。後はもうわかるな? 現実世界の軍事力ではまず勝つことは不可能だ。二つの世界は魔王の手に落ちる」


「でも、それが俺達になんの関係があるというんだ?」


「お前たちを呼んだのは魔王を倒すために異世界に行ってもらうためだ」


「なんだと?」


 魔王を倒す? 異世界とか非現実的なことを説明されているのにその上魔王ときたものだ。やはりこれは夢に違いないだろう、時間が経てば現実に戻るはず。


「俺は普通の人間だ。そんなやつが魔王なんて存在に対抗できるのか?」


「それはお前たち次第だ。安心しろ、何も0の状態から倒しに行けと言っているわけではない。これを渡しておく」


 白い服の男はそう言うと、俺たち二人にそれぞれ赤と青の石を渡した。

 宝石のように輝くその石からはどこか意識が吸い込まれるような感覚を覚える。


「その石はお前たちの異世界行きの切符……いや、入国証のような物だ。それが無ければ一定時間で異世界で存在を保てなくなる」


「で、この石がなんの役に立つんだ? まさかこれだけで乗り込めってわけじゃ……」


「まぁ、待て。その石には所有者の強い願いに反応し、その者の力を呼び起こす魔力が込められている。持つ者が心の中である事を強く願えばそれが相応の力として具現化することだろう。お前たちにならこれ以上ない武器になる」


 お前たちになら……? その言葉が少し引っかかった。

 先ほどからこの男は俺たちを特別視しているような言動が窺えるが、それと何か関係しているのだろうか。


「それはどういう意味だ? 俺たちになら、というのは少し引っかかる言い方だ」


「それはなぜお前たちが選ばれたのかという理由と同じことだ。お前たち二人は常人にはないとてつもなく巨大な願いを持っているだろう?」


「願い……?」


「願いだと?」


「自分ではわかるだろう? 心の底から思っている一番大きな願望だ。お前たち二人はそれが誰よりもスケールが大きく、誰よりもその事を望んでいる」


「それは……」


「…………」


「魔王を倒した方には一つ願いを叶える権利をやろう。それはどんな願いでもかまわない。どんなに大きな願いでもな」


「……!」


 それを聞くと、もう一人の男が白い服の男に歩み寄った。

 先ほどまでの疑いの目ではなく、覚悟を決めた男の目で白い服の男を睨みつけている。


「その言葉に偽りはないな?」


「勿論だ。ただし、叶えることができるのは一人だけだ」


「いいだろう。その魔王討伐とやらを引き受けてやる」


「え、本当にやるのか……?」


「貴様は別にやらなくてもいいぞ。願いを叶えるのは俺だ」


 その男は何かどうしても叶えたい願いがあるのだろうか? 先ほどまでと明らかに雰囲気が違っている。


「さっき渡した魔石には力を呼び起こすだけでなく、言語も問題なく話せるようになる力もあるから安心しろ。それと、その石は必ず肌身離さず持っているんだ」


「ふん、そうとなれば早く異世界とやらに送ってくれ。俺はお前が何者かはよくわからんが、どうせ現実世界に戻ったところで俺には何もないからな」


「わかった。この世界を頼んだぞ梶宮蓮人」


 白い服の男は魔法陣のような物を形成し、光が男を包み込んでいく。

 バシュッと音がした後にその場からあの男の姿は消えていた。


「まさか本当に……異世界に行ったのか? そんなことが……?」


「お前はどうする?防衛凌騎」


 どうやら梶宮という男は本当に異世界に行ってしまったらしい。姿が無くなっているのを考えると嘘のようだが現実に起こったことなのだろう。

 それは己の願いを叶えるため。世界などどうでもいいが、願いを叶えるためになら何でもする。そんな感情を彼が発した少ない言葉からも読み取ることができた。


「……その願いは本当になんでもいいんだな?」


「ああ、正しく使おうが悪用しようが構わない。それは任せる」


「なら……やる。俺も」


 俺にも願いはある。だが、これは可能なのか?本当にそんなことが起こりうるのか?

 白い服の男は俺の言葉を聞くと魔法陣を準備した。


「ならば転送を始めるぞ防衛凌騎よ。お前の願いの強さを見せてみろ」


 俺の体を光が包み込み始めた。まだ半信半疑ではあるが、あの男が嘘を言ってるような雰囲気でもなかったのは確かだ。

 この願いが叶うなら……俺も……。


 そうして俺は再び意識を失った。

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