ある夜の出来事 〜沢庵和尚と僕〜

Kan

ある夜の出来事 〜沢庵和尚と僕〜

 僕は夢をみた。大変に奇妙な夢だったのでこのことを詳細に記そう。


 夢の中には始め何もなかった。しかし、それが形成され始めると、僕はそれが一体何になるのかじっと見つめていた。それは龍になった。そして天空を舞っているのだった。

 一体これが何を意味するのか知れなかった。しかし、後にこいつは虎となり、次には亀となった。ここまでゆくと、だんだんわかってきた。

 これらは神獣なのだろう。青龍、白狐、朱雀、玄武。

 ところが最後、鳥になるかと思ったらならなかった。白ひげを生やしたお坊さんになった。

「当てが外れたじゃろう」

「あなたはどなたですか?」

「わしはわしじゃ。わしの他にわしはいない」

「はあ。それでそのわしとは」

「そう言うお主は何者だっ!」

 突然、お坊さんは虎の声になって吼えた。あまりの凄まじさに、僕は猫のように飛び退いた。

「身が軽かろう」

「それは確かに」

「夢においては肉体の束縛はないのじゃ」

「では自由ですね」

「そうではない。肉体の束縛を離れても心の束縛を離れることはできぬ」

「はあ。すると大して自由でもないですね」

「ふん。まあ、良い。お主は夢においても夢から覚めることができぬ。現実ではもっと夢から覚めることができぬのじゃ」

 分からぬことを言う。

「はあ。それでおじいさんはどなたですか?」

「知らぬ!」

「相当な方とお見受けしますが」

「わしはお前と変わらぬ」

「ご謙遜を」

「そんな下らぬ世辞はもう良い。お主はわしじゃ。わしはお主じゃ」

「そう言うことを仰りますと、僕が老人になってしまいます」

「下らぬことを申すな。その口を叩き割るぞ」

 おじいさんはそのただならぬ雰囲気から、相当な高僧と見受けられる。

「もしや、空海様ですか」

「知らぬ!」

「それでは親鸞様」

「知らぬ!」

「お釈迦さまですか」

「お主が言うのはすべて名前ばかりだ。阿呆らしい。そんなものが役に立つか。木偶の坊」

「そう。怒らないで下さい」

「ほう。誰が怒っておる」

「あなた様です」

「それは知らなかった。わしにもまだ喜怒哀楽が残っていたか」

「どうも話が掴めませんね」

「話とは掴めぬものよ。掴もうとすれば、そこには何もない」

「はあ。それであなたはどなた様で」

「わしの名前は沢庵なるぞ」

「ははあ! 沢庵和尚でありましたか!」

 思わず跪く。そして仰ぎ見れば確かに沢庵和尚に違いない。

「それで沢庵和尚がどうして、僕の夢に」

「これも縁というものだ。お主の煩悩、甚だ酷い。酷いが故に救いの手を差し伸べなければならぬと阿弥陀様がそう仰る」

「すると阿弥陀様がそう仰るから私めの元においでなさった訳で」

「阿弥陀などどこにおる!」

「えっ」

「阿弥陀などおらぬわ!」

「ええっ!」

 これだから禅僧は嫌だと思った。

「あの、すいません。僕、禅のこと分からないので、そういう調子でこられても困ります」

「誰が困るのじゃ」

「僕です」

「どこにおる」

「ここにおります」

 すると沢庵和尚の目が輝き、虎の声となって吼えた。

「ここに誰がおる!」

「僕です」

「それは何者だ!」

「えええっ」

 僕が何か上手いことを言おうとすると、すかさず沢庵和尚、虎となって吼えた。僕は棒で打たれて、沢庵和尚は天地が裂けるような声で叫んだ。

「虚空に釘を打つような真似をするな!」

「助けて」


 そこで僕は目が覚めた。カーテンから日が差している。ああ、こんなに外は明るかったのか。

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