Strawberry Love

坂岡ユウ

Strawberry Love

 あなたを愛している。だから、殺す。あなたは永遠に美しいままだ。泣くな、舞え、笑え、狂え。刃先を当てた。眠っている、あなたの表情はとても美しい。だから、このまま眠れ。あなたを失うのは苦しい。でも、仕方ない。このまま、老けていくばかりのあなたなんて、見たくないんだから。ワガママでしょ?...でも、わたしが決めたこと。許してくれるよね??


 すると、刃先が当てられていることに気付いたあなたは、目を開けた。そして、わたしに目を向けた。最初は悲しげな、恐怖にも似た目だったが、刃先を向けているのがわたしだと気付くと、少し和らいだ表情になった。何も言わなかったが、まさか、親友であり、永遠のパートナーであるあなたが、私を殺すなんてあるまい、そんな想いが、その表情から読み取れた。だが、わたしは殺る。あなたがどんなに泣こうが、喚こうが、懇願しようが。研がれた包丁を握る手には、どんどん力が入っていった。そして、わたしが振りかぶろうとしたとき、なぜか力が抜けた。あなたとの思い出を思い出したのだろうか。いや、そんなはずはない。あなたを失うのが惜しいのだろうか。それは、ちょっとある。あなたが血に染まるのがつらいのだろうか。それは、かなりある。


 わたしとあなたが初めて出逢ったのは、中学一年の梅雨だった。当時のわたしは、虐められていた。かなり、ひどい虐めにあっていた。口にするのも憚られるくらい、様々な仕打ちを受けた。そして、毎日のように泣いていた。この日も大粒の雨が降っていた。わたしは自転車通学だったため、雨合羽を持って来ていたのだが、いつもわたしを虐めているメンバーによって、雨合羽は何処かへ隠されてしまった。わたしはそれを必死に探していたのだけど、探しているうちに下校時間がやってきた。教師たちの「帰れ」という声が、どんどん大きくなっていく。わたしは、仕方なく、雨合羽を着ずに自転車を漕ぎ出した。陽も暮れてしまい、わたしが雨合羽が着ていないことなんて、誰も気付かなかった。わたしからすると、気付いてほしくなかったのだけど。周りの同級生たちが、わたしに嘲笑の目を向ける。虐められるような理由もないのに、どうして虐められなければいけないの。わたしは、本気で自殺を考えていた。だけど、そんなわたしを抱きしめてくれる人がいた。それが、あなただった。住宅街に入ったとき、前を歩いていたあなたが、わたしに気付いて声をかけてくれた。そのときのあなたは、誰よりもやさしかった。そして、つよかった。最高の友達であり、憧れの存在だった。身体の芯までずぶ濡れになったわたしを、ちゃんと服が乾くまで、わたしの家にいてもいいよって、言ってくれた。それからも、こんなわたしに対して、ずっと友達でいてくれたのが、あなただった。


 涙が止まらなかった。あなたを殺してしまうなんて、やっぱりできない。思いとどまる気持ちが、わたしを制止した。二人とも、泣いていた。ベッドの上で、泣いていた。強い力で、お互いの身体を抱きしめた。あの日のように。もう、あなたを殺そうなんて思わない。ずっと一緒にいたい。そんな気持ちが、そのときのわたしを支配していた。


 しかし、そのときだった。


「もう、大丈夫だよね。うん、きっと、大丈夫。」


 それは一瞬のことだった。わたしの手から包丁が離れ、その鋭い刃先があなたの心臓を貫通した。わたしは、何か反応することすらできなかった。ただ、唖然としていた。さっきよりも、大粒の涙が零れた。辺りは、赤色に染まっていた。微笑を浮かべ、今にもこの世を去ろうとしているあなたを、わたしは必死で呼び止めた。しかし、もうあなたは何も言わなかった。それが、最後の言葉だった。


あれから、数年が経った。街で制服を見かける度に、切なくなる。今日、自分の部屋を片付けていると、中学校時代の制服が出てきた。この制服が、あなたとわたしを繋いでくれた。あなたは、もういない。自ら命を絶ってしまったのだから。久々に、泣いた。思い出は常に美しい。涙が、白線に転がり落ちる。すると、わたしの肩を誰かが叩いた。やさしく、そっと。覚えのある香りがする。わたしは、振り向いた。あの日のあなたと同じように。

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