妖の鍵

もろよん

プロローグ

 ネットで聞いた噂に、こんなものがある。


 とあるカギに関する噂だ。


 そのカギはいつの間にか玄関の植木鉢の下に有って、いつ置かれたのかも、誰が置いたのかもわからない。


 しかしそのカギを手にすることが出来たものは、何でも一つだけ心の底から手にしたいモノが出に入るという。


 そんな噂だ。


 「つまんねーぞそれ。都市伝説だろ?」


 俺の前の席に、金髪に染めた単発のヤンキーと見紛う姿の幼馴染、健一が居る。

健一は椅子に後ろ向きに座り、お気に入りのココアシガレットをくわえうわさ話に疑問を投げかけた。


 「そうなんだろうけど、結構近くでも目撃例があるんだよ。」


 そう。俺たちの住む家の直ぐ近く。俺の家の前に公園があるのだが、その公園を挟んだ向かい側。

榎木さんの家にて、見覚えのない鍵が見つかったのだという。


 「榎木さん知ってんだろ?隣のクラスの。」


 「あぁ・・・最近あんまり見ねーな?ガッコ来てんのか?」


 榎木さん、俺たちの幼馴染の一人で、ショートカットの活発な女の子だ。陸上部で全国に行くだけの実力者だという。

しかし、俺たちがが学校に通う時などに遭う事は無い。彼女は朝早くから練習があり、放課後も少し離れた競技場のトラックまで練習に行くという。

そんな事で、俺たちが高校に入ってからは、一度も登下校で出会った事は無かった。

 中学の頃は健一を含む幼馴染五人で、毎日遊んでいたものだ。


 「俺も登下校中は見たことが無いからな・・・。まだ時間あるからちょっと見てくるかな。」


 「お?おれもいく。」


 俺たちは朝礼が始まるまで少し時間があったので、隣のクラスをのぞいてみる事にした。


 「おはよーっす。榎木さんいるー?」


 健一は物怖じしないというか、コミュニケーション力があると言うか、こういう時には頼りになる。


 しかし、誰一人俺たちの声に反応する生徒は居なかった。


 俺たちは首を傾げ、近くの生徒に声を掛ける。確か彼女は榎木さんと同じ陸上部の生徒だったはずだ。


 「えっと・・・。八十島(やそじま)さん・・・?だっけ?」


 彼女は声を掛けられると思っていなかったのか、酷く驚いで飛び上がり、健一を押しのけて走り去った。


 「あっれ?なんで逃げちゃったんだ?めちゃめちゃ全力疾走じゃね?外まで行っちまって無いか?」


 理由は分からないが、非常におびえた表情をしていたようだった。

俺は他の陸上部の生徒に声を掛けてみる事にした。


 「あ、三木君。榎木さんしらない?探してるんだけど。」


 「知らねーよ!!!」


 !?


 教室が静まり返るほどの緊張感。一体何が彼をここまでイラつかせたのか。


 「なぁ・・・なんかあったのか?おかしいぜ?このクラス・・・。」


 健一は俺に耳打ちする。

 確かにおかしい。でも急に他所のクラスの生徒が入ってきたら、少しは警戒するよな・・・?

それにしても反応が過剰過ぎる。正直都市伝説とか噂とかは好きだけど、当事者になるのは困る。


 「出直そう健一。皆話せない理由があるみたいだし。」


 とはいっても、この空気ははっきり言って嫌いだ。


 俺はクラス全員に聞こえるように、わざと大きな声でそう言ってから、榎木さんのクラス2-Cを出た。


 「お前こえ―奴だよ。まったく・・・。皆スッゲ―目で睨んでたぜ?」


 そう。確かにすごい目だった。正直俺の周りであんなに恐ろしい目をした奴は見たことがない。

おぞましい何かを感じるぐらい、気持ちの悪い目だった。


 俺たちはクラスに戻り、授業が始まった。俺自身他に得意という物が無いという事もあるが、記憶力に自信のある俺には、

学校の授業は簡単すぎた。学年の最初、教科書を貰うオリエンテーションの時間に全ての教科書に目を通した。

その後で頭の中で咀嚼(そしゃく)する。それだけで全ての知識が身に付く。本を読むのは好きだが、二度目を読む必要がない。

それゆえに、俺の机の中には、教科書を含むすべての者が無かった。


 「そーがーのーぉおおおお!!!お前はまた教科書を持ってこなかったのか!!!ノートはドーーーしたぁ!!!」


 この無意味にうるさい教師は、数学の木下先生。数学の知的な雰囲気など微塵も無い、只の肥太った豚。

俺はそう評価する。どこぞの良い大学の院を出たとか出ないとか、良く分からない自慢を学年の最初にしていたことしか覚えていない。

覚えるに値しない情報と言うのもあるのだ。


 「必要ないので。持ってきませんでした。他の生徒の邪魔になりますので、授業に戻っていただけますか?」


 俺は結局いつもの調子で彼に授業を再開するように促すが、なぜか今日に限ってやけにしつこい。


 「曽我野ぉ・・・?お前何時までもそんな態度で、進級できると思うなよ?」


 妙に粘着質な目で俺を見てくる木下先生は、この学校ではありえない脅迫の仕方で俺を試しているようだった。


 「先生のおっしゃる意味が分かりませんが。」


クスクス・・・


 他の生徒からも俺の考えと同じ生徒がいるという事かな?失笑がこぼれ静かな教室が少しざわついた。


 「俺は教師だ。授業態度が悪ければ成績はやらん。学生は学生らしくしろ。」


 この学校は出席日数や単位で進級、卒業が決まる学校ではない。通う生徒は皆それぞれ他にやる事を持っているものばかりの集う学校だ。

筆記試験さえボーダーを越えていれば問題なく進級できる。それがこの学校の売りだったはずだ。こいつはただの教師でありながら、

その学校そのものを否定している。俺はそう感じた。


 「先生。今の発言は取り消した方がいいと思いますが。」


 俺がそう挑発すると、教団に戻りかけていた木下は短い脚で走って戻り俺の机を腹で押し除けた。


 「なんだと!?たかが学生如きが!俺に指図するのか!!!」


 「いいえ。提案です。」


 「同じだ!!」


 「違います。中学校の国語で教えてもらうはずですが。」


クスクス・・・


 自らの学の無さを露呈させ、羞恥と怒りに歪む木下。俺は限りなく愉悦を覚える。


 (こういう奴を使って遊ぶのは面白いなぁ。)


 「ふざけるなぁーーーーー!!!」


キーンコーンカーンコーン


ガタガタ・・・


 「きりーつれーい。ありがとうございましたー。」


 ここ迄がうちのクラスの恒例行事。


 数学の時間の終わりは何時もこうだった。しかし授業にならないほど絡まれたのは今日が初めてだな。


 「きさまぁ・・・後でどうなっても知らんぞ・・・・。」


 醜くゆがんだ顔のまま木下は教室を出た。


 「なぁ・・・きのぶーおかしくね?あんなだったっけ?」


 健一のいう事も分かる。今日はちょっと・・・いや。かなりおかしかったと言って良いだろう。


 「そうだな。今迄今日ほどしつこい事は無かったな。」


 授業の合間の休憩時間。珍しく俺たちに話しかけてきた奴が居た。


 「全く・・・君のせいでまた数学の授業が進まなかったじゃない。後でまたプリントちょうだいよ?」


 そう言って俺の隣の机に腰かけるのは、反(はん)マリア。こっちも金髪に染め色黒に日焼けしたギャルギャルしい・・・。優等生だ。


 「あれ作るの面倒なんだよ。皆教科書暗記すれば授業なんか受けなくてもいいのに。」


 健一とマリアは苦笑いのまま俺に詰め寄る。


 「そんなこと出来るのはお前だけだ!」「そんなこと出来るのは君だけ!」


 俺は数学の授業がある日はいつも放課後に、その日の数学の授業範囲の解説プリントを配っていた。

一応罪滅ぼしみたいなものだ。遊びにいつも付き合ってくれるクラスの皆に詫びとしてやっている。


 「今日の木下はいつも以上にキモかったね。何かあったの?」


 「心当たりは・・・。」


 ない・・・、いや。あいつは確かC組の担任だったな。榎木さんの事が何か関係しているのか?

それぐらいしか思い当たる事が無いが、今迄の鬱憤が爆発しただけと言っても、おかしくはない。


 「有るような無い様なって所だな。本人に聞くのが一番いいんじゃないか?」


 「嫌ょ。気持ちわる。」


 あっさり引き下がるマリア。いつもの日常だ。


 しかし、俺の頭の中で何かが引っ掛かる。記憶の底にある何かが。

しかしその時はその引っ掛かりにあるものが何なのか、俺は確認しなかった。


ーーーーーーーーーー


昼休み職員室


 「先生。弁当食いたいんですけど。」


 俺は何故か、担任の教師に呼び出され、職員室の担任の椅子に座っていた。


 常に赤ジャージを着て、口につまようじを咥えている。そんな印象の物理教師、美貴ミチル。

非常に美しい黒のロングヘアと全くアンマッチな赤いジャージ。髪の手入れは欠かさないと言っていたが、ジャージで全て台無しだ。


 「小テスト作ってくれ・・・。頼む・・・忘れてたんだ・・・・。」


 昨日のホームルームで言っていたな・・・。明日の・・・つまり今日の物理の時間は小テストをすると。


 「俺のテストにならないんですけど。」


 彼女は俺の目の前にお気に入りの赤ポッチーを差し出した。


 「これでたのむっ・・・!!」


 彼女は顔を背けて悔しいのか何なのか、泣きまねをしていた。


 「いや・・・昼飯・・・。」


 「アタシのモカ弁はダメだぞ・・・?」


 自炊しろよとは言わないが、そういう意味じゃない。


 俺はこれ以上の問答が無駄だと悟り、手早くノートパソコンに十問の問題を入れ、自分の弁当を持って職員室を出た。

いや、出ようとした。


 「曽我野ぉ・・ちょうどいいところに居た。今日は放課後職員室に来い。」

 「お断りします。」


 俺は職員室を出た。


 職員室からウケを狙ったと思われたのか、美貴先生を含め他の教師一同の笑いが起こっているようだった。


 それもそうだろう。


 この学校の売りの一つが、生徒を拘束しない。そういうモノがある。これを冗談以外でやる教師には重い罰則があるという。

自由な学校で何よりだ。


 俺は残り少ない昼の時間を満喫するために、職員室から近い中庭のベンチで弁当を開いた。

乱れ散るたこさん。そしてたこさん。たこさん・・・。飯。


 これ絶対一袋全部入ってる。


 そして隅っこに飯によって追いやられたなけなしのたくあん。

確かに白いご飯は好きだ。ウインナーも好きだ。たくあんも好きだ。だがそれだけって言うのはあんまりだと思う。

 この大きめの弁当箱の半分が飯半分がたこさんウインナーのバランスは素晴らしいのだと思う。俺の好きな物しか入ってない。

だが現代の弁当としてそれはどうかと思う。


 「御馳走さまでした。」


 コメの炊き方も完璧で、ウインナーも上手に焼いてある。たくあんも自家製だ。だが味気ない。腹は膨れるのだが味気ない。

俺は弁当箱を仕舞い、教室に戻った。


 俺たちの教室2-Bは二回の真ん中だ。一学年3クラスしかないが、別に過疎な訳では無い・・・と思う。

俺は少し急ぎ目に階段を上り、二回に辿り着く。

階段の淵でズボンのすそにくっ付いていた、引っ付き虫を取っていると、教室の方からすごい勢いで走ってくる生徒が・・・。


 「なっ!」


ドン


 俺が顔を上げたときには既に遅く、俺は階段に背を向けたまま、十四段の階段を転がり落ちた。


 だが。



 俺は見た。



 奴はC組の・・・。





ーーーーーーーーーー


保健室


 「いてっ・・・くそ・・・あの野郎。」


 カーテンに遮られていた保健室のベッドで目を覚ました俺は、カーテンを開け保健室を出ようとした。


 「ちょっと待ちなさい。今から病院に行くから。カバンを取ってくるのよ。」


 保健室の女神と呼ばれている、白衣、眼鏡、そしてミニ。三点揃っているのに残念な美人保険医、

土井糸子(どいいとこ)先生。


 「病院ですか?授業は?」


 「貴方は受けていてもいなくても同じでしょう?それよりも、頭を打っているのよ、学校として一応ね。連れて行かなきゃダメなのよ。」


 そうか・・・。痛い筈だ。結構な勢いで突き落とされた・・・・・・・からな。

後頭部を触ってみると大きなたんこぶが出来ている。


 「無意識に手すりを掴んだのね。あの高さから落ちたのにたんこぶぐらいで済んでよかったわね。」


 「そうですね。」


 俺はふと、彼女に、榎木さんについて尋ねてみた。


 「そうだ、先生は榎木さんを知っていますか?


 「えぇ。彼女陸上部のホープなんですってね?それがどうしたの?」


 誰もが忘れているとかそういう訳じゃない・・・と。一応可能性はつぶした。


 「幼馴染なんですよ。高校に入ってから一回も見た事無いんですけどね?」


 これも事実だった。登下校だけではない。学校の中でも一度も見たことが無かった。もちろん、部活をしているところも。


 「一度も?幼馴染って事は、近所に住んでいるのよね?」


 「はい。公園を挟んで向かい側です。」


 そんな距離に居て、一度も視界に入らないなんて言うことがあるのだろうか?

クラスも隣り、家も真正面。いくら活動時間にズレがあるとはいえ、俺も意識していなかったが、有り得る事なのか?


 「不思議ね。ここにはたまに来るのよ?あの子割と深刻な悩みを抱えている様だから、気になってはいたのよ。

話してはくれなかったけどね・・・。」


 居なくなる兆候がない訳では無かったわけだ。

かと言って居なくなった話では無いのだが・・・。


 俺は教室にカバンを取りに戻った。


 「ソー!!大丈夫だったのか?階段から落ちたって・・・。」


 授業中にも関わらず健一が俺に飛びついてきた。その後ろでは、マリアが俺の体をペタペタ触っている。


 「曽我野。カバン取りに来たの?早く行きなさいよ。待たせてるんだから。」


 「え?帰るの?」


 「病院。」


 それだけ伝えると、俺はカバンを持って教室を後にした。


 保険医と共に病院に行き診察を受けたが、特に異常はなく、打撲のみで済んだようだった。

塗り薬を受け取ると、俺は家に送り届けられた。


 「今日はもう休みなさい。頭を打ったのだから、何があってもおかしくは無いのよ?」


 「分かりました。」


 それだけ言うと保険医は車に乗り学校へ帰って行った。


 しかしこのまま帰るのも落ち着かない。

俺の視線は向かいの榎木宅を捕えていた。


ぴーんぽーん


 ーはい


 「曽我野です。ちょっとお話を聞いてもいいですか?」


 昔は互いの家の行き来など普通の事だったが、高校生にもなるとそれも無くなる。

不思議なモノだと俺も思うが、人の心は簡単に変わるものだ。


がちゃ


 「あら。ソーくん。どうしたの?まだ学校の時間でしょ?」


 「ちょっと学校でケガしちゃいまして、帰っても誰もいないので、久しぶりに尋ねちゃいました。」


 「そうね。そう言えば随分久しぶりね。上がって?サチもいるから。」


 ・・・なにぃ?


 「おばさん、えのきさ・・・。さっちゃんは何で?」


 俺は促されるままにリビングに上がらせてもらい、お茶を出してもらった。


 「サチの事は聞いて無いの?」


 何の話だ・・・?そもそも一度も学校で会った事が無い。


 「えぇ。タイミングが合わないのか・・・。全く・・・。」


 苦笑いをするしかなかった。


 「サチは今学校に行っていないの・・・。家からも全然出ていなくてね・・・?

久しぶりにソーくんが来てくれたから、きっと喜ぶと思うの。会って行ってあげてくれる?」


 「はい。分かりました。」


 会えれば良いとは思っていたが・・・。まさか本当にいるとは。

しかも、学校には行っていない?一体何時から?


 俺は玄関前の階段を上がり、サチの部屋、まる。と掛かれた小学校の時に作った、

小さな木の板で作った下げ看板のある部屋の前に付いた。


 ふぅ・・・。二年ぶり・・・だぞ?何て言えばいい?

今迄来なくて悪かった?気付かなくて悪かった?

そんな事言える訳が無い。


 俺は意を決してドアを叩こうとした。


 「ソーくんそこに居るよね?」


 俺は心底驚いた。

確かに俺はここに居るが、廊下を上る時に音を出した覚えもない。

タイミングを見ていたかのような声に、俺の心臓は跳ね上がった。


 「あ・・あぁ。入っていいかな?」


 「どうぞ。」


ーーーーーーーーーー


サチの部屋の中はいたって普通だった。壁に中学生の時の陸上大会の賞状が掛けて有る位で、

うっすらピンク色の兎の柄の壁紙が何となく落ち着かない、普通の女の子の部屋だった。


 「や。ソーくん久しぶり。」


 「あぁ。・・・久しぶり。こんなこと聞いて良いのかと思うけど・・・。」


 「まぁまぁ取り敢えず座ってよ。」


 サチの印象はガラッと変わっていた。俺が最後に見たサチは、刈り上げたショートカットで、走るのに邪魔だからと髪は伸ばさない主義だとか言っていた。

しかし今のサチは、膝位まであるだろうか?二年間でこんなに伸びるものなのかと思う位の長さの髪になっていた。

あの頃の日に焼けた肌は見る影もなく、色白の透き通るような肌は、全く光を浴びていないように見える。


 「もぅ・・・。そんなにじろじろ見て・・・。恥ずかしいよ?」


 女の子を見る目では無かったと、俺は反省する。


 「すまん。話、聞いてもいいか?」


 「いいよ。鍵のこと?私の事?陸上の事?学校の事?」


 見透かされている。何故だろう。不思議とそれでも当然な気がしている。

彼女は何を知っている?


 「全部だ。俺は今日殺されかけた。サチの事を尋ねたせいだろう。」


 サチは俯いて、そっかぁ。と聞こえるか聞こえないかぐらいの声でつぶやいた。


 「まず学校の事からだ。それと、今ですまなかった。一度も会いに来なくて。」


 サチは首をかしげている。


 「良いよそれは・・・。私も避けていたし。恥ずかしかったから・・・。」


 サチは座っていたベッドから離れ、小さなテーブルをはさんで俺の前に座った。


 こんなに小さかったかな・・・。


 「学校は去年から行ってないの。その・・・。嫌になっちゃって・・・。陸上もそこからずっとやってない。

家から出たりもしなくなっちゃったし・・・。クラスの人に会いたくなかったから。」


 やはりクラスで何かあるか・・・。


 「それって、八十島とか三木とかそのへんか?」


 明らかに動揺したな・・・。平静を装ってはいるようだが・・・。


 「・・・ソーくんは何でも知ってるね?」


 そう言ったサチは、部屋着をめくり、俺に横腹を見せた。

そこには、腰から腋にかけて続く大きな傷跡があった。


ドクン


 何だ。


 見覚えがある・・・?


ドクン


 こんな既視感、今までなかった。何故なら・・・。




 俺の記憶は無くならないから。




 見た事があるなら覚えているはずだ。

絶対に忘れる事は無い。有り得ない。可能性があるとすれば、今日頭を打ったから・・・?いや違う。


 知っているはずだ。


 そもそも、俺たちが今まで一度も出会わないなんてことがあるはずが無いんだ。

だが俺たち全員が、それが自然な事であるように受け止めていた。


 有り得ない。


 高校に入る前のことは何一つ忘れていない。いや・・・。

違う。そうじゃない。何時からだ?いつの記憶から無くなっている?俺は二年間(・・・)サチに会った事が無かったはずだ。

中三の時から・・・?いや。おかしい。それも無い。中三の時の記憶はある。何一つ忘れていない。

しかしそれなら俺は何故二年間と思った?


 「あ・・・あの・・・。ソーくん。恥ずかしいょ・・・んっ・・・。」


 俺はいつの間にか鼻先までサチの傷跡に近づいていた。流石に近づき過ぎだ・・・。


 「ゴホン・・・すまん。」


 「何かわかったの?」


 「あぁ。有り得ない事をな。少しだけ時間をくれ。」


 「うん。」


 「その傷跡は何時のモノだ?」


 「・・・覚えてないんだ・・・。お医者さんは事故のショック・・・・・・・で忘れてしまったって言ってた・・・らしいよ?」


 「でも事故じゃないのは覚えてる。」


 「三木、八十島。」


 サチの顔色が変わる。この二人は何かある。


 「・・・わからない・・・。」


 「すまん。気分が悪くなったか?」


 「ううん大丈夫。続けて。」


 サチはきっと、この家でずっと自分の事を考えていたのかもしれない。


 「・・・逆の事を聴く。サチは去年の事を・・・去年の何を覚えている?」


 忘れた事じゃない。覚えている事。忘れた事なんか思い出せるはずが無かったんだ。

俺は時間を無駄にしたかもしれないな。


 「去年の事・・・ソーくんとマリちゃんとケン君と・・・あれ・・・?あと一人誰か一緒に入学式に言ったよね?」


 あと一人?


ドクン


 入学式?俺たちは確か・・・。幼馴染五人で一緒に行ったはずだ。親も一緒に・・・。


 ・・・五人?


ドクン


 そうだ・・・。もう一人いたはずだ。だがなぜ思い出せない。さっきまでの事とは訳が違う。


 幼馴染(・・・)だぞ?


 俺たちはずっと、そう。幼稚園の時からずっと一緒だった。

クラスが離れたのも、高校になってからが初めてだったはず。

俺達三人は同じクラス。サチと・・・は隣・・・。だれだ・・・?


 おかしいおかしいおかしいおかしいおかしい


 なぜ思い出せない。


 「サチ。アルバムはあるか?おばさんが何時も撮っていた写真の。」


 「ある・・・!」


 サチは押し入れの中から大きなアルバムを取り出して見せてくれた。


 たまたま開いたページが、中学の卒業式のモノだ・・・?


 健一、マリア、俺、サチ、・・・こいつは!!!


 「サチ!・・・?」


 サチが倒れた。白目を剥いて完全に意識を失っている様だ。だが・・・ちゃんと呼吸はしている。


 寝ているのか・・・?

 

 俺はサチの目を閉じてやり、ベッドに寝かせて榎木宅を出た。


 俺は突き動かされる衝動のまま、学校に戻った。


ーーーーーーーーーーーー


 授業は既に終わり、部活動が始まっている。


 急がないと・・・。


 俺はまず2-Bに急いだ。


ーーーーーーーーーーー


 「健一、マリア。ちょっと来てくれ。」


 「ソー!」「ソーくん!」


 「病院どうだったの?痛くない?」


 「問題ない。それよりちょっと一緒に来てくれ。」


 俺は二人を連れて、2-Cに入る。


 すると何故か全員が着席している。そして教壇には木下がいる。


 「おやぁ?丁度いいところにたなぁ?」


 「ソー・・・!!」


 誰だ・・・俺を呼んだ奴は・・・!?


 やはりアイツか。


 「先生。もうホームルームは終わっているはずですが?この後会議があると先生が言っていましたよ?」


 もちろん嘘だ。


 「なにっ!では急がねばならんな!お前たちはそこで黙って・・・・・・見ていろ!!」


 木下は懐から紫色の古めかしい鍵を取り出した。


 あれは・・・。

ネットで見た情報が間違っていないのなら・・・。あれが!


 「妖の鍵?」


 「フヒヒヒ!」


 それは持つ者の心の底から手に入れたいものを手に入れる為のカギだという。


 「さぁ!今日の生徒はだれにしようかな!今日はお前だ!立てぇ!三木ぃ!!」


ガタッ


 「さあこっちに来なさい。」


 (ミキケン!!)


 俺は思い出した。幼馴染の最後の一人、それは三木。三木賢一。

操られているように教壇の方へ歩いていく。


 今気づいたが、良く見るとこのクラス。


 妙に人数が少ない。


 俺たちの学年は一クラス41人いたはずだ。

このクラスは半分もいない!!


 「フヒヒヒヒ!さぁ鍵を持ちなさい!そして私の代わりに願いを叶えなさい!私の願い・・・・を!!」


 体が・・・?動かない!!

俺はミキケンを止めようと体を動かそうとして見るものの、なぜか動かない。口も何故か開かない。

首を動かす事すらできないので、必然的にミキケンがカギを持つところを黙って見ているしかなかった。


 「で・・・。」


 ミキケンがおかしい。木下が急かしているがミキケンから言葉が出てこない。


 「何をしているんだ!早く私の願いを叶えろ!!」


 「な・・・に・・・を・・・?」


 なにを?それはそうか、今来たばかりの俺達はもちろんだが、願い自体を聞いていないのなら操られていても分からんだろう。


 「俺は痩せてイケメンになるんだ!!!」


 それを聞いたとき、ミキケンの口元が不敵に歪んだのが見えた。

 そしてミキケンは木下の手に無理やり鍵を持たせる。


 「な・・・!何故動ける!!止まれ!!」


 何を狼狽えて・・・?


 動ける・・・?


 そうか、奴の命令(・・)は一度に一つしか出来ないのか。


 俺はゆっくり、木の下に気付かれないように回り込んで近づく。


 すると願いを叶えたのか、木の下の体が光り輝き、痩せた木下が現れた。

普通ならこんな急激に痩せたら死ぬだろう。しかし特に異常は見られない。


 「な・・・な・・・・!!!」


 これ以上ない位木下は狼狽えているが、俺には理由が分かる。

木下がミキケンに自分の願いを叶えさせようとしていたのも、同じ理由だろう

 

 後ろから近付いた俺は、無理やり木下からカギを奪い取り、距離を取った。すると健一が俺の後ろから木下に飛び掛かる。

今迄の肥え太った木下ならこうはいかなかっただろうが、今の木下はガリガリにやせ細って、明らかに栄養が足りていないようだった。

口を無理やり押さえつけられ、180センチ近い健一に圧し掛かられて押し退けられるほどの体格は木下にはもうない。


 マリアはポケットからいつもつけている長いリボンの予備を木下に噛ませ、後頭部で強く縛った。


 これでもう命令は出来ない。しかし・・・今のままではミキケンが・・・。


 ミキケンは今、止まって・・・・いる。恐らく呼吸も。


 「マリア!リボンをほどいてやれ!」

 「でも!」

 「ミキケンが死ぬ!」


 マリアは慌ててリボンを解くが、すかさず健一が口を塞ぐ。


 「木下。今すぐミキケンを元に戻せ!」


 俺は健一に目配せして口から手を離させる。


 「わ・私がなぜおまえたち生徒のいう事を聴く必要がある?」


ドンドンドン

ドンドンドン


 ~~木下先生!!職員会議は始まっていますよ!!木下先生!!なんで鍵をかけているんですか!?


ドンドンドン


 嘘から出た実とはこの事か。今まで席に座って動けなかったらしい生徒の一人が、鍵を開ける。


ガラガラ


 「木下先生・・・!?これはどういう状況・・・?」


 教室に入って来たのは2-Bの担任美貴ミチル先生だった。


 「ミチルちゃん先生!」


 一人の生徒がミチル先生に走り寄ると、緊張の糸が切れたのか、他の生徒も立ち上がり教室から走り去った。

走り寄った生徒は、・・・八十島だったか。


 「曽我野、説明しなさい。」


 俺は今までの状況を全て話した。鍵の事も含めて。


 「命令・・・ねぇ?まさかホントにあったなんてねぇ。」


 ミチル先生は少し何かを考えるような仕草をして、俺に指示する。


 「そこの不細工を教室の外に出してみなさい。」


 教室の外?


 俺たちは三人で木下を持ち上げ、教室の外に連れ出す。

するとミキケンが教室の中で動き出した。


 なぜミチル先生がこの事を知っていたのかは疑問だが、木下から離れれば命令は効果を失うようだ。


 俺は二人に木下を任せ、2-Cに戻った。


 「先生・・・。」


 「後で説明してあげるから。とりあえず今日は帰りなさい。」


 「でも木下が・・・。」


 「それは問題ないわ。あいつが命令できるのはこの教室だけだから。」



ーーーーーーーーーー


 俺達は・・・俺達四人は同じ帰路についていた。


 「私なんでミキケンのこと忘れてたんだろ・・・?」

 「俺もだわ。去年の事とか、全く覚えてなかった。」

 

 マリアと健一がそう言うと、ミキケンが俺達に話してくれた。


 「それは、今迄他のクラスメートがあいつに操られて願いを叶えていたからだ。

その中に、ソーの事を知っている人間に対して、去年の記憶を無くすように願わせたからだ。

だが・・・。」


 ミキケンはそこで話を切り、俺の前に回り込む。


 「ソーの記憶を消すことは出来なかったみたいだがな!」


 ミキケンの目には涙が浮かんでいた。


 「すまん。もっと早く気づいていれば・・・。」


 「良いんだよ。俺は助かったんだから・・・。他の奴らは・・・。」


 ネットの情報が確かなら・・・。鍵を使って願いを叶えたものは・・・。


 「翌日消える。」


 俺は鍵を眺めて呟いた。俺の消えなかった記憶が今なら取り出せる。


 去年はずっと四人で帰っていた。サチは居なかった。通えなくなった理由も知っていた。


 きっと今頃サチも・・・。去年の事を思い出して苦しんでいるだろう。


 「サチの所に寄って行こう。」


 「そうね。」「おぅ。」「そだな。」


 -----------


 「ただーいまー、なんてねーーーー。」


 マリアがサチにふざけながら抱き着く。しかし離れない。


 「あ・・・あたしサチのこと忘れて・・・・!っ・・・忘れてた・・・!!

傍に居てあげたいって!!!そう言っていたのに!!!」


 サチが大けがを負うことになった事件(・・)の時、マリアはサチの直ぐ傍に居た。

それを止められなかった事を酷く悔いていて、サチがまた笑えるようになるまで傍に居ると、そう言っていた。


 サチが学校に通えない理由はそのあたりにある。


 「大丈夫だよ。忘れてただけでしょ?毎日一緒だったじゃん。」


 しかし謎が残っている。なぜ今全員の記憶が戻ったのか。俺は忘れない。それだけは確かだ。

だが他の皆は何故だ?


 「ソー。俺たちが記憶を取り戻した理由が分からないみたいだな。」


 「あぁ・・・。」


 それは俺が、他の皆が効きたくない言葉だった。


 「記憶を消す願いを叶えたやつが死んだんだ。」


 ・・・っ。


 「願いを叶えたやつは・・・。」


 「翌日死ぬ?」


 違う。俺が聞いた話は・・・。


 「違うな。翌日消える・・・だ。そうだな?ミキケン。」


 「そうだ。何故だかわからないが、どこかに消える。多分、死の危険があるところに。俺はそう考えている。

今迄アイツに操られていた他の奴も消えた。願いを叶えた翌日に。でも、叶えた願いは消えなかった。」


 「それで暫くしてから消えたと。」


 「あぁ。その消えるまでの時間は一定じゃ無かった。すぐ消えた時もあった。恐らくそういう事なんだろう。」


 俺の背筋に嫌なものが走った。

もし・・・そいつが死んでいなかったら、俺たちは一生幼馴染である事を取り戻せなかったかもしれない。


 「今日は私泊まるね?」

 「うん!久しぶりだね!」


 「俺達は帰るか。」


 ----------


 翌日は学校が臨時休校になった。


 しかし俺たちは保健室に居た。


 「糸子ごめん。ちょっとここ使わせて。」


 「ミチル?それに曽我野達も・・・!榎木!出てきたの!?」


 サチは俺の後ろに隠れてそれを否定する。


 「えっと・・・お話を聞きに来ただけです・・・。」


 「そっか。そっかぁ。でもいいや。お茶入れるから。皆椅子出してきなさい。」


 「アタシはあんまり細かく説明するのは得意じゃないから、ざっくり言うと。」


 ミチル先生はいとこ先生を見てから俺たちに向き直った。


 「あたし達はそのカギを使ったことがある。」


 糸子先生が引き継ぐ。


 「だから木下先生みたいな人の事も知っていたの。」


 糸子先生はお茶請けのクッキーを出してくれた。


 「因みに学校も鍵の事は知っているわ。私たちの時も酷いことになったから。今の2-Cよりも・・・。」


 「その辺は無理に言わなくても・・・。」


 糸子先生は首を振ってそれを断る。


 「ううん。もう君たちは当事者だから。知っていなければ危険なの。だからちゃんと聞いてね?」


 「へっ。ソーが聞いてりゃ大丈夫だぜ。」


 健一は全く・・・。


 「少し長くなるけど聞いてね。」


 先生の話によると、先生たちがカギを使った翌日、先生たちは『塔』と呼ばれる所に引きずり込まれたらしい。

そこには、百階層にも及ぶ階層があり、それを全て踏破することで、戻ってくることが出来るという。

しかし・・・。


 「鍵を持っていないと誰も百階に辿り着けないの。」


 ・・・。どういうことだ?


 「えーっと・・・つまり私たちは、二人とも鍵を持っているという事なの。」


 !!


 じゃぁ・・・この鍵で『塔』に行った奴らは・・・!!


 「嘘だろ・・・。じゃあ2-Cの奴らは全員帰ってこれねーじゃんか!!!あいつらの使ったカギはここにあるんだぞ!!!!」


 ミキケンが憤って立ち上がる。しかしやり場のない怒りをぶつける様な事はせず、椅子に座りなおした。


 「・・・。危険だけど連れて帰ることは出来るわ。理屈としてはね。」


 「先生・・・。」


 「でも勘違いするな。あたし達は行かせない。教師だから。学校も許可を出したりはしない。」


 まぁ・・・そうなるか。


 「曽我野。あんたならもしかしたらその理屈が分かるかも知れないけど・・・。駄目だからな!」


 釘を刺された。

だが俺はなんとなく今の話で予想が出来ている。


 「ミキケン・・・。」


 「分かってる!行くなんて言わねーよ・・・。お前に任せっから・・・。」


 クラスメートの仲が悪いとは思わないが、見捨てるほど薄情な奴じゃないのが仇になりそうで怖いな・・・。


 「さぁ。今日はもう帰りな。この後も職員会議なんだよ・・・。」


 「センセ、話してくれてありがと。」


 ミチル先生はマリアの頭を撫で、保健室を出ていった。


 「さっ、先生も鍵かけちゃうから、皆も帰りなさい。」


 「「「「「はーい。」」」」」」



ーーーーーーーーーーー


 俺たちの胸中は複雑だった。

俺の手元には木下から奪ったカギがある。この鍵を使う事で、2-Cの奴らを助けに行くことが出来るかもしれない。

だが、そいつらが生きていなければ言っても無駄足になる。木乃伊取りが木乃伊になることも十分考えられる。

だからこそ先生たちは俺達を行かせないと、断言したんだろう。


 鍵が無いと出られない。だったら鍵を持っていけばいい。理屈はそれだけだ。

だがこれは、今この世界のどこかにあるカギを、譲ってもらうか奪うしかないという事だ。恐らく前者は望みが薄い。

俺の予想でも、まず間違いなく奪うことになるだろうと思っている。

しかも一クラスの半分。約二十本ものカギを手に入れる・・・。これは正直現実的ではない。

誰が持っているかもわからない何処にあるかも知れない、見える所に、手の届く所に有るかどうかも分からない。

そんなものを探す。これははっきり言って不可能だ。


 俺の気持ちとしては、ミキケンの意志を汲んでやりたいと思う気持ちもある。

だが、『塔』では人が死ぬ。それが分かっていて軽々しく行かせることも行く事も出来ない。

そう思っている。


 「ソ-君またなんか考えてる。」


 「俺の頭は大忙しだ。」


 「ソーくん無理しちゃだめだよ?」


 「分かってる。今日はどうする?」


 「あれだろ!サチ外出記念でミスドだろ!」


 「「「「いいねぇ。」」」」


 俺たちは五人で町へ繰り出す。


 一つの問題を残したまま・・・。



 



 



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妖の鍵 もろよん @moroyon

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