第五章 天花《てんか》其ノ伍
「……もうしわけ…ございませんでした…」
辛うじてそれだけを口にしながら、知盛が頭を垂れる。
それを見て重衡も黙っていられなかったらしく、自らも関与したことを吐露する。
「四郎兄うえがなさったのは、わたしのためなのです!それに、わたしもいっしょにかんがえました。摂政殿下のおやしきのまわりを侍たちにわざとうろつかせたのはわたしです…!」
「五郎!」
慌てて知盛が留めるのもかまわず、先日松殿基房に語った言い訳の真相を、重衡は言いつのった。
「そうして摂政殿下をこわがらせておけば、にどと平家には手をださないだろうと思ったから…!」
「…殿下
「………はい」
子供ながらなんとも見事な戦略だ。
そうやって摂政基房を追い詰め、自ら出仕を止めるよう計ったということか。
――だが。
「浅薄であったな。摂政殿下はそのような噂にびくともせず、変わらず出仕を続けられた。我らが平家をお嫌いなことには変わりはないようだがな」
相変わらずこちらをちらとも見ようとしない基房の意思の固さを思い出し、苦い笑いを刷きながら重盛は言を継ぐ。
「どちらにせよ、そなたらのしたことは何の益ももたらさぬばかりか、一族を危機に陥れただけであったわけだ」
冷静だが容赦のない長兄の言葉に、ちょっとした仕返しをしたかっただけの少年二人はうなだれるのみだった。
黙って兄の――平家棟梁の断罪の言葉を聞く。
「己の能力を過信し、相手の力量を見誤り、無謀な攻撃を仕掛けた挙げ句、一族郎党みなを危機にさらした。その罪は、たとえ子供といえど、許されるものではない」
そこで重盛はかねてから抱いていた懸念を同時に払拭すべく、秘かに考えていたことを罰として申し渡した。
「知盛。そなたはこの邸にて謹慎せよ。重衡はしばらく父上のもとへ行っておれ」
「…大兄上、それは…!」
衝撃を受けた顔を上げ、二人の弟が自分に縋る目をする。
あまりにも互いを大事に思うあまり、他を目に入れず世界を閉じることは、彼らを破滅へ向かわせる。
重盛が弟たちに抱く日頃の懸念を払拭するには好機と言えた。
――しかし。
よく似た面差し、よく似た黒曜の瞳を同時に向けられ、重盛は秘かに小暗い満足を覚え、また同時にそんな自分に吐き気がした。
俺は弟たちにいつまでも子供でいてほしいのではないか。
自分を慕い、ただ憧憬と無邪気な笑いを向けて欲しくて、兄の知らぬ間に大人になっていこうとする弟たちを、幼いままに留め置こうとしているのではないか。
そんなふうに揺らぐ気持ちを抑え、敢えてきつい声を出す。
「表沙汰にはできぬ。だがそなたらはしてはならぬことをしたのだ。その償いはせねばならん。知盛、しばらく
四兄への懲罰を聞いた重衡は、真っ青な顔で長兄の
「お…おねがいですおお兄うえ!四郎兄うえとひきはなさないで…!」
「重衡はただちに福原へ赴き、兄を止め得なかったことを自省せよ。俺から父上に文でご報告申し上げる」
取り合おうともしない長兄の冷たい言葉に、もはや流れ落ちる涙を隠そうともしない重衡が、隣で小刻みに震える四兄の袖を掴み絞める。知盛は口唇を震わせながらも、そっと重衡の手を外し、長兄に向かって深く拝礼した。
「……おおせの通りにいたします、大兄上」
自らのみならず、家族に及ぶ罪科の重さにようやく思い至ったためもあるが、なにより己を守ろうとした重衡までが連座させられるのは耐えられなかったのだろう。
その仕草は、何もかも自分ひとりで背負うという決意の表れだった。
「いやだ…!四郎兄うえが謹慎なさるなら、わたしもここでおこもりします。おねがいおお兄うえ、わたしもここにいさせてください!」
「ならぬ重衡。そなたは父上にお預けする。しばらくこちらに帰ることは許さぬ。一門の棟梁として命ずる。すぐさま福原へ立て」
「その必要はないぞ」
突然、飄々とした声が割り込んだ。塗籠の扉を開け、驚く兄弟をにやにやしながら見ているのは、福原にいるはずの父清盛だった。
(続)
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