赤いセルフレーム
ナイン=セラフィーナにとって、
恩師の娘。姉のように慕ってくれる少女。恋敵。あるいは、我儘な女王様。
そのどれもが本当で、その全てを飲み込んだ上でナインは彼女に対して姉貴分として振る舞いたいと思っている。ただし彼女との身長差において理不尽なコンプレックスを抱いているのも事実で、見栄えやそのほかを考えるならば自分の方が少し高い位の方が良かったのにとため息をつく。
窓から差し込む日差しで、研究室の中は仄かに暖かく居心地が良い。
この日差しの良さは資料に対してはあまりよくないのだが、過ごしやすさの1点において好ましいと感じる。
そんな中で、ふとナインは机の上に置かれたものに気が付いた。赤いセルフレームの眼鏡。普段は広兼由依の碧眼を飾っているはずのそれが、何故だか研究室の真ん中に置かれたキャスター付きの机の上に放置してある。
「……忘れ物? けど由依ちゃんは眼鏡が無いと」
彼女の視力を考えれば、置き忘れたとは考えづらい。そもそも眼鏡が無ければ歩くことがおぼつかないレベルなのだから。その上で、こんな場所で眼鏡を外す理由も思いつかない。
気になって、手に取ってみて。違和感を覚える。
「これは、度が入っていない?」
そこでようやく、それが何なのか気が付いた。広兼由依の忘れ物だ。あるいは残滓かもしれない。いっそのこと形見と言ってしまっても良いだろう。
「全く、本当に……」
それを文字通り、握り潰そうとして。ふと悪戯心が湧いてつるを広げて、自分の顔にそれを乗せてみる。鏡がないかと見渡して、そもそも見るような人間が少ないと苦笑し、改めてポーチから手鏡を取り出し覗き込む。
そこにはウェーブがかったアッシュブロンドの長髪で、白衣を着た少女が半分泣きそうな顔で微笑んでいた。フレームの歪んだ赤いセルフレームは、落ちる寸前でナインの耳と鼻に引っかかっており、全体的に幼い印象が強調されている。
「本当に、あの子は――」
耐えられなくなって、それを顔から外し、強く握りしめる。プラスチックよりももろくハラハラと、それは手の中で砕けて消えた。
「死んだのなら、素直に死んでいなきゃダメじゃない」
それは呪いの言葉。どこかへ消えてしまった外間が愛した少女へ贈る別れの言葉。
彼女の姉貴分として、自分がやるべき最後の義務を果たして、彼女は気分転換に大学の構内を回ることにする。
やるべきことは幾らでもある、
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