僕らはラノベに手を伸ばす
「日本に来れば、もっと突拍子もない学生生活がまっていると思ってました」
部室は珍しい事に僕とメアリの二人きりだった。中間試験が終わって弛緩した初夏の放課後。まだクーラーを付ける程ではないが、長袖では過ごせないそんな空気の中。カチャカチャとキーボードを叩きながら、小説を書いていた彼女が急にそんな事を言い出した。
「それはちょっとアニメの見すぎって奴じゃないの?」
「それは分かってるし、いきなり学校で怪物に襲われて超能力に目覚めたりとか、魔法少女になったりとか、アイドルになれるとは思っていなかったけれど。変な部活動位は期待していました」
「充分ラノベ部は変な部活だよ」
西霞野高校現代小説研究部、通称ラノベ部。名前の通りライトノベルを書くためにあーだこーだと言い合ったり、漫画を読んだり、アニメを見たりする、気楽なオタクの集団っぽい緩い部活…… と見せかけて、割とガチな活動方針を掲げているスパルタ系だったりもする。
具体的には1年間に1回以上、公募に応募しなければ退部というルール。
割合緩くダラダラオタクをやりたい新入部員に対し、GW中までに一本短編を仕上げる課題を叩き付けその9割を帰宅部への入部届を書かせる程。
「普通の学校には無いのですか?」
「普通の学校にはありません」
まぁ顧問が現役ラノベ作家という時点で色々と普通ではない。恐らく日本でも西霞野以外には存在していないと思われる。
最も自分は半ば顧問の高柳先生が自分の執筆時間を確保しつつ好きなことをやりたい放題する方便なのでは? と考えているが、特に問いただした事は無い。真実が何であれ、執筆に悪くない環境なのは間違いないのだから。
「それじゃアニメ化されますかね?」
「……先生か、先輩が、この部活の事をラノベにしたらワンチャン?」
ただ最近は昔と比べると緩めアニメが流行っている、と先輩や先生が話していたのでちょっと難しいかもしれない。甲子園万年一回戦敗退な野球部でダラダラ過ごしているクラスメイトが執筆強化合宿の厳しさを聞いて顔を引きつらせる程度には厳しいのだ。
「そうなるなら、台詞の一つも貰いたいです」
「まぁメアリはアメリカからの留学生という時点でキャラが立ってるからね。僕みたいなモブ・オブ・ザ・マスター・モブティストと違って準レギュラーにはなれるかも?」
まぁけれどあまり彼女はステレオタイプなアメリカ人留学生でもない。背は低く、体はスレンダーで黒の混じった茶髪。かといってロリっぽいということもなく、辛うじて碧眼なので日本人ではないなと感じる程度。
事実彼女は日本人のクォーターらしい。ただしドイツとイタリア、ついでにイギリスのクオーターとも聞いている。イギリスが混じってなければ一人三国同盟ですと口にされた時にはどう反応したらいいか分からず、曖昧な笑みを返すしか無かったのは今だに記憶に新しい。
スパッとしていて自分の意見を押し通すみたいなこともなく、どちらかと言えば不思議系というのが僕を含めたこの部活のメンバーの共通した意見である。
「けどあっくんは優しいです」
「……優しい、かなぁ? 普通だと思うけど」
本気なのか、冗談なのか。パソコン部から移譲された旧式な液晶画面の向こう側で、彼女はこちらに目線を向けずに変なことを言ってきて少し困る。比較的他人から優しいとか良い人と言われることは多いが、それは半分以上僕が他人がどうでもいいからで、無関心から来る攻撃性の低さを勘違いされているだけでしかない。
「はい、とても優しいです」
「そー、かなぁ……」
はたまたもしかして、普通の人というものはどうでも良い相手を無駄に傷つけたりするものだろうか? なんて益体の無いことを考えつつ、改めて画面に目を向けなおす。そこには昨日から全く進んでいないテキストエディタから逃げだして。資料棚という名のラノベが詰まった本棚に足を向ける。
横目で見た彼女は、ずっと液晶画面を見ながらキーボードに指を走らせていた。
ああ、自分が書けない時にスラスラと書き進めている姿を見せつけられるのは少し辛い。そんな気分を極力表に出さない為に、何度も読んだお気に入りのラノベに手を伸ばす。10年くらい前にアニメ化された日常物。
読めば読むだけ新しい発見があり、何度も何度も繰り返して嫉妬して、その嫉妬が僕の燃料になる。いつだって僕は卑しくて、他人の成功が妬ましくて、だから自分が出来そうなライトノベルを書いて、成功に辿り着こうとしている。
最も書けば書くほど、完成から遠のくようにボロボロと崩れていくのだが。
たぶん僕の書く小説は賞に受かる事もアニメ化されることはない。そんな当たり前の事実を胸にくすぶらせて、それでもと僕は何かを書くために、新しいものを見つけるために。ページをめくっていく。せめて自分が納得できるものを仕上げるために。
◇
私としては友人であると言い切りたいのであるが、人当たりは悪くないのに、性根は気分屋のネコみたいにするすると周りからの好意も、そして時たまぶつけられる悪意も、のらりくらりと避けていく。
知人には簡単になれるが、友人になることは中々難しい。そんなタイプ。
けれど趣味の話題は広く、周りの人間に不快な気分をぶつけることもなく、何より彼の中に煮えたぎっている何かは近くにいるだけで、エネルギーが湧き出て来ます。それが一体何なのか、私はまだ知りません、もしかすると下手に触れると火傷してしまう類のものかもしれません。
そんな自分が他人を傷つけないように、曖昧な笑みを浮かべて内側に封じ込める。それをやさしさと表現するのは乱暴な気もします。けれど私にはそれ以外に彼のいじらしさを示す言葉を知りません。そしてそんな彼に近づこうとすることは、彼の努力を無為にしていることも理解しています。
それでもと手を伸ばしてしまうのは、たぶん私が何か新しい何かを手に入れたいから。普通とは違う何かを、いわゆるライトノベルに出て来る青春を送りたい。そんな気分があるからなのでしょう。
だから私は物語を綴っていくのです。普通ではない何かを手に入れるため。普通を自称する彼と、その周りに広がっている世界を楽しむために。
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