彼がセクサロイドをボディに選んだ理由


 リアルボディを買いに行くと出掛けた相棒が、セクサロイドの姿で帰ってきた時の気分をなんと表現すれば良いのだろうか?


 いや、そもそも出掛けると表現したが、操縦支援用AIが物理的に外に出かけたのではなく、ネットワーク上で商品の売買に集中するために俺との回線をオフラインにしたというのが表現の上では正確ではあるのだが。


 そんな事より10年間、苦しい時も、病める時も、貧しい時も。共に駆け抜けた相棒がセクサロイドの格好で帰って来たのだ。



「何か問題がある顔をしているな。どうした?」


「何故お前が汎用セクサロイドをリアルボディに選んだのか理解出来ない」


「シンプルに金の問題だよ、バディ」



 そう小気味返し、何故か俺の座ってるボロボロで廃品寸前のソファーに座る相棒。


 体こそ汎用のセクサロイドといえど、街頭娼婦スタンドビッチ達が着込むほぼ下着そのものなテカテカなビキニではなく。長袖のブラウスにカーディガンを重ね着し、ロングスカートを纏ったクラシカルスタイルで纏めた服装で、妙にドキドキが止まらない。



「君達みたいな生身の人間フレッシュマンと比べれば生活費は抑えられるがね、君と報酬を折半している以上、まぁそこまで高価な素体を選ぶのは難しくてね」


「つまり中古品を買ったって事か?」


「流石に新品で揃えたよ、僕だって初めてな生身の体だ。誰が使ったとも分からないものにインストールされるのはまっぴらごめんさ」



 少し不機嫌そうなのは今まで体を持たなったAI故の論理ロジックなのか、それともまた他の理屈ロジックなのか、どうにも俺には分からない。メガロポリスの端っこに辛うじて含まれている、事務所兼住居兼格納庫ジャンクドバラックに気まずい空気が流れる。



「けどさ、声は―― 普段オペレートと同じなんだな」


「ん、まぁね? 君だって急に僕の声が変わったら困るだろ?」



 空気を変えようと、半ば取り繕った話題だったが。どうやら相棒はそれがお気に召したらしい。切ることを前提にした黒のロングヘアーを揺らしながら笑顔を見せる。


 戦場の恋人ハニーオブフロント、前線で突撃機甲歩兵ウォークドギアを駆るパイロットの相棒であるAIに与えられた電子音声。男性とも女性とも分からない人が心地よいと感じるその声は多くの命を救っており、当然ながら俺もそうやって救われた一人だ。



「まぁ、その声のお蔭でお前だって分かるよ」


「まぁね、今時は戦争を思い出すって誰も使ってない声だ。もしかすると今現在使っているのは僕だけなのかもしれないね」



 ああ、声は確かに同じなのに。表情が加わるだけで全く違うものが見える。そもそもその辺にある怪しい個室娼館カプセルモーテルにいけばワンコインで抱けるセクサロイドと変わらない筈の顔が、相棒がインストールされているだけでこうも鮮やかに変わる事実に言葉を奪われる。


 先程と同じ一瞬だけの無音の時間が、何故か心地よくて窓の外に目を向けた。失われた人口を、AIへの人権付与という形で補い、戦後復興の元に無秩序に拡大し続ける、愚かでそれでいてエネルギーに溢れた街。


 それが余りにも眩しくて、改めて俺は相棒に向き直った。



「ああ、そういえば椅子とか買ってこないと不味いな。立ちっぱなしだと機械の体でも足とか腰とか痛むんだろ?」


「折角だからそのソファーも買い替えよう。正直な話、その辺に転がっている粗大ごみの方がまだマシなレベルでボロボロじゃないか?」


「まぁ、そうなんだけれど。面倒くさくてなぁ」


「面倒だろうが何だろうが、ついでなんだから買い換えよう。今後はこの空間に僕も一緒に住むんだから徹底的に。出来れば引っ越したいけれど……」


「全長8mを超える同居人を受け入れてくれて、俺らの報酬で選べる場所なら」


「ここが一番マシなんだろう? 分かっているよそれくらいはさ」



 仲間と呼ぶには意志薄弱、道具扱いするには愛着が強い。百万馬力の装甲鉄塊アーマードジャンク。旧式の型落ちであっても、一応れっきとした軍の元正式採用器。流石に街中に持ち込むには剣呑過ぎて、そんな彼が同居人だと住む場所はどうしても選択肢が狭まってしまうのは仕方がない。



「まぁ、けれど。君と一緒なら―― いや、ずっと一緒ではあったのだけれど。同じ空間で過ごせるのなら、ここもまぁ住めば都と思えなくもないかもしれない」



 ふっと相棒が俺の体を抱きしめた。完全な不意打ちにアワアワと声を上げることすら出来ない。何度も抱いた安物のセクサロイドと同じ体のはずなのに、相棒だと思うだけで心臓が爆発しそうになる。相棒流に言わせて貰えば動作周波数クロックフリーケンシが再現なく加速していくといった按配だろう。


 そんなどうでも良いことを頭では考えつつ、恐らく俺の顔面は真っ赤に染まっているだろう。それが分かる位に血液が頭に上ってクラクラが止まらない。



「これからも、よろしくね? バディ」


「程々に、いつも通りにな。相棒」



 そう声だけで改めて契約を交わし、ふっと相棒の熱が遠のいた。ようやく落ち着ける安心と、もうちょっとこのままでいたかった二つの感情がモザイクみたいに混じり合い、俺の中でグルグル回って消えていく。


 まぁ最もこの家にはそもそもベッドがシングルの一つきりしか無く。俺はシャットダウンして体を休める相棒の横で、眠れぬ夜を過ごす羽目になってしまうのだが――


 それは数時間ほど、先の話である。

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