王導世覇アルクラウス


 人生はくだらない。それは四半世紀も生きてない俺が理解した真実だ。なにせ就職の面接を梯子している最中に、巨大な人型が虚空から湧き出し、現在進行形で全てをぶち壊しているのだから。



「ああくそっ! 何なんだよ本当に!」



 悪態をついても現実は何も変わらない。ビルを超える赤の巨人が、いや関節を見る限り機械仕掛けの人型が。その手に持った剣を振るう度、コンクリートが砕け、ガラスが飛び散り、その余波で人が血だまりと化す。



「こんな、こんなことに巻き込まれて――」



 俺はがむしゃらに走って距離を取ろうとする。それで生き残る確率が上がると思っていたのだ。けれどその行為には無意味であった。


 丁度走り込んだ場所で偶然、もしくは運命的にビルが崩れ落ち、瓦礫が俺の命を狙う。あぁと、先程目の前で潰れた人々と同じ運命を迎えるのだと理解して――



 次の瞬間、白を金で彩った閃光が目の前を貫いた。


 赤の巨人と同様に、音もなく、空間を切り裂いて現れる巨体。


 けれどそれはただの人型ではなく、幾何学的な模様で彩られ、水晶を削り出された双眼に青い光を閉じ込め、装甲の合間を繋ぐ関節は円管と歯車が組み合わさり、機神エクスマキナと呼ぶべき存在であった。



 白い巨人がその腰に携えた両刃剣―― 当然、人間が扱うそれよりも遥かに巨大な得物を抜き放つ。金属同士が響き合う澄んだ音と共に、赤い巨人は抵抗することすら出来ずにその身を両断される。


 先程まで死をまき散らしていた存在が、抵抗することすら出来ずに切り裂かれ、そのまま粒子と化して消える姿を、ただ見つめることしか出来ない。


 いや、見惚れていたのだ。白い機神に。


 だが次の瞬間、再び世界はくだらない物に成り下がる。目の前で機神は倒れ込みそうになったのを、剣を支えに踏みとどまろうとするが、そのまま膝をついて動きを止めたのだ。


 一気に俺が沸騰する。強大な力を持った機神へのあこがれ。あれほどまでに美しい物が力を失ったことに対する悲しみ。そして何より――


 俺の運命を変えたものが簡単に止まってしまった事に対する憤りが、前に進む理由になる。


 機神まで十数mの距離を駆け抜ける。その場に辿り着いて何が出来るとも思わない。ただ今の俺にそうしない選択肢だけはない。怒りに等しい感情と共に機神の足元に辿り着く。



「やっぱりこいつ、乗り込めるの―― か?」



 擱座かくざした機神の胸元を見れば、装甲の合間から操縦席らしきものが垣間見えている。様々な可能性が俺の脳裏をよぎる。だが、その判断を下す前にビルの向こう側から新たな巨人が1体、いや2体、3体と連なって現れた。


 機神の瞳が青い結晶だとすれば、奴らの瞳は澱んで燃える炎。黒煙を上げ周囲を焼き尽くす毒の炎が眼孔から漏れ出して、俺と機神の姿を捉える。



「どう、しようも―― ない、ならさぁっ!」



 倒れた機神の装甲に手をかけ駆け上る。搭乗者の為にそうなっているのだろう。あっという間に操縦席までたどり着き、その中に飛び込んだ。


 目の前に広がるのは左右に広がるガラスの画面。機構は俺が知っている戦闘機に近い。ただしディテールがプラスチックではなく木と真鍮で組み上げられていた。


 目の前に広がる操縦席は2つ。一つは空席。そして後方の座席には、この場所でなによりも鮮やかな――



「貴様、名乗れ。異世界であろうと作法の一つはあるだろう?」



 額から血を流し、いまにも倒れそうになりながらも、意識を保つ少女。機神と同じ青い瞳。金糸よりもしなやかな髪を編み込み纏め、可憐さと勇ましさを兼ね備えた機甲礼服アーマードドレスを身に纏っている。


 けれどその可憐さを、少女としての美しさを、不敵な笑みがその印象を全て上書きしてしまっている。彼女は可憐な姫君ではなく、豪胆無比の王女なのだ。



「――っ、木梨きなし木梨歩きなしあゆむだ! アンタは!」


「我が名はクラリア。アクラウス公国第三王女のクラリア=アルクラウス!」


「OK、原理は知らんが通じるなら都合がいい。そして、こいつの名前は? 」



 俺はまるでそれが当然であるかの如く、前方の座席に身を躍らせる。動かせるのか? 意味があるのか? そんな些細な事は考えない。問題があるのならクラリアと名乗った少女が止めてくれる。そんな確信が胸中にあったのだから。



「問うたな? ならばその名を聞け! 往古来今おうこらいこん受け継がれし神代かみよ幻想機光げんそうきこう竜殺殴虎りゅうさつおうこ絶刀無影ぜっとうむえい超鋼剣機ちょうこうけんきっ! 王導世覇おうどうせいはアルクラウスっ! それが我らが剣の銘!」



 理解出来たのは勢いと、彼女が最後に放った我らの一言。にぃ、と唇を釣り上げる。どうでも良かったはずの人生が、急に熱を得て輝き出す。



「アユムと言ったな? そなた、その命を我に預けよ」


「元々安くて、どうせ拾った命だ。クラリアに預ける!」


「うむっ! 自身を安く見積もるのはちと原点だが悪くない―― アユム、操縦桿を握れ! 今この瞬間より貴様はアルクラウスを駆る騎士! 私の騎士だ!」


「――了解、お姫様っ!」



 その言葉に一瞬クラリアの言葉が止まり、クククと笑い声がこぼれてすぐ止まる。

そこに何が込められているのか、今の俺には分からない。けれどそれが悪い感情だけでは無いことは理解する事が出来た。



「操作は単純明快。想え、それだけだ! ただしトリガーを引かねば動かぬから注意しろ。思考ではなく意思こそがこの世界を変えていく!」


「分かった、こういう―― こと、だなぁっ!」



 俺は操縦桿を握りしめ、今まさに得物を振り下ろさんとする巨人をに対し、トリガーを引き絞る。それと同時にアルクラウスが力を取り戻し、立ち上がり、その勢いのままアッパーカットで巨人を殴り飛ばす。



「そういうことだ! 筋が良い!」


「はっ! 良いぜ、コイツは最高だ。姫様、これからどうすればいい?」



 この瞬間、俺と彼女は全く同じ顔をしていたに違いない。人生に、そして世界に反逆するものが見せる、攻撃的な笑み――



「無論、眼前の敵を叩き潰す! 細かいことはその後でいい!」


「分かった! やってやるっ! 振り回すからな、倒れるんじゃねぇぞ!」



 その言葉と共に操縦桿を押し込み加速する。ただ彼女と共に理不尽を切り裂きその先に進む為―― 俺達は剣を抜き放ったのだ。

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